アイドルとボディガード
俺はテレビをあまり見ない。
芸能界っていう奴には相当疎い。
だけど仕事で業界関係の人に会うと、千遥のボディガードをやっていたことが知られていて彼女の活躍ぶりを聞くことができた。
演技が下手だとこき下ろしたあのドラマで頑張っているらしい。
CM、歌、映画とまた仕事が増えてるってことも。
素直に喜ばしいと思った。
だから。
彼女の成功を俺が邪魔する訳にはいかない。
たとえ、それが彼女を泣かせる結果になっとしても。
会場で若い男に肩を抱きかかえられながら、出ていく千遥を見かけた。
俺は見なかった風に装う。
……俺が出る幕じゃない、と。
自分に言い聞かせて。
赤いドレスの今日の主役が俺に手を振りながらやってきた。
だいぶ酒が回っているのか、人目をはばからず俺の腰に手を回してくる。
「桐生くーん」
「……」
「ちょっと、無視しないでよ」
「俺なんかに構ってもらわなくて大丈夫ですから」
あしらうようにそう言うと、少しすねたような表情をする。
「ねぇ、抜け出さない?もうお開きにするからさ」
「すいません、この後用事があるんで」
「もう、つれないなー。ちょっと位いいじゃない」
そう言いながらべたべた、俺にボディタッチしてくる。
それをさり気なくかわす。
そんな須藤に、パーティーには少し似つかわないラフな格好をした中年の男が話しかけてきた。
「三谷君上手ですねー。千遥ちゃんべろんべろんでしたよ。いいの期待しといてください」
下卑た笑みを浮かべる奴に、須藤はにこっと笑うと手をひらひらしながら答える。
「どうもー」
「なんのことだ?」
「あっらー聞こえちゃったかしら?でも関係ないよね、元ボディガードだもんね。あんな子に興味なんてないでしょ?」
「あいつに何する気だ?」
「へぇ、あの子のことになるとそんな顔するんだ。あたしの部屋まで来てくれたら教えてあげる」
会場のホテルの一室。
部屋に着くなり二つのワイングラスに赤ワインがそそがれる。
一つを俺に差し出すと、須藤はソファーに座り夜景を眺めながらワインに口をつけた。
そうして出てくる千遥への愚痴。
「……あの子ばっかり、監督に気に入られて、脚本もあの子の出番増やしたのに変えられて。演技へったくそだったのに。今度は監督映画復帰作に小泉千遥を主演にだって」
女の嫉妬とは怖いもの。
自分より下手な千遥の演技が監督に認められたのがそんな癪だったのか。