アイドルとボディガード
頑固として言うことを聞かない私に渋々観念した藤川さんは、自分が見張ることを条件に桐生を待つことを許してくれた。
夜、9時の渋谷。
平日だっていうのに若者がうじゃうじゃ。
帽子とマスクをしていてもいつ誰にバレて騒ぎになるんじゃないかと、気が気じゃない。
約束のポチ公前まで来て佇む。
自意識過剰かもしれないけど、どことなくあちこちから視線を感じる。
『夏は、やっぱりこれだね』
突然、自分の声がしてドクンと大きく胸が鼓動する。
まるで心臓を誰かに鷲掴みにされているよう。
嫌な汗がこめかみから垂れる。
声がした方を見ると、自分が出た清涼飲料水のCMがでっかなモニターに映し出されていた。
まだ9時ちょい過ぎ。
こんなに時間の流れがゆっくりに感じたのは初めてだ。
早く会いに来て、桐生。
いつもピンチの時は助けてくれたじゃない。
ボディガードじゃなくなってからでも。
いつだって私のこと守ってくれたじゃない。
お願い、どうか会いに来て。
心の中で祈りながら桐生の登場を待つ。
そんな中、2人組の男の人に声をかけられた。
「ねぇねぇ、1人で寂しくない?」
万事休すとはこのこと。
思わず動揺して、聞こえないフリをすると今度は肩を叩かれた。
思わず逃げ出そう一歩後ずさりする。
しかし、こんな人混みの中上手く切り抜けて行ける訳もない。
下手に挙動不審な態度も怪しまれる。
「ねぇ、奢るから一緒にご飯行かない?」
「…人、待ってるんで」
「誰?彼氏?友達?」
口ごもっていると、ここでタイミング悪く私のCMが流れ始めた。
『夏はやっぱりこれだね』
……どうしよう、気付いたかな。
もし、これでバレて騒ぎになったら。
相手を伺うようにちらと見上げると、ばっちり2人と目が合う。
「ねぇ、小泉千遥に似てるって言われたことない?」
胸が激しく鼓動する。
嫌な汗が止まらない。
どうしよう、バレだ!
「ねぇ、ちょっとマスク外してみてよ」
そう言って強引にマスクを外されそうになり、すかさず手でガードして後ずさる。
どうしよう、逃げなきゃ。
悔しいけど、ここまでだ。
もう、諦めるしかない。
遠くから藤川さんが駆け寄ってくるのが見えて、桐生に会えなかったというやるせなさがこみ上げる。
やだ、まだ桐生来てないのに。
ここで終わりだなんて。
押し黙る私に2人は興奮して声が大きくなる。
「え、まじで?、まじで小泉千遥!?」
男達の声を聞いた周囲の人達が一斉にこっちを見る。
怖い、あの時感じた恐怖が蘇る。
「小泉千遥だって」
「えっマジで!」
人だかりに包囲されて、藤川さんの姿も見つけられない。
そんな中、誰かがすっと私の手首を掴んで引っ張った。
びっくりして見ると、それはよく見知った広い背中。
思わず視界が霞む。
彼に手を引かれたまま走ると、路肩に停まっていた車に乗せられた。