アイドルとボディガード

雑誌の担当者は私の顔を見ると、呆れたように言った。

「仕方がないですね、撮影延期しましょうか」

しかしカメラマンの松崎さんとやらは私の顔を見ながら、何やら考え込んでいる。

「いや、そうだな。うーん」

しばらくして彼は何かひらめいたらしく、ポンと手を叩いた。

「そうだ、こうしよう!」

楽しそうな松崎さんに、彼のアイディアを聞くべく周囲は耳を傾けた。
松崎さんはだいぶ独創的な人と聞いたことがある。
周りのスタッフは、彼と一緒に仕事をしたことがるのだろうか。
また、面倒なことに振り回されそうだという面持ちだ。

「ちょっと撮影場所変えよう、どっか古い建築物、できれば神社とか寺とか縁側あるようなところ今から抑えられる?」

「もうこうなったら、どうにかしてみせますよ」

はぁとため息をついたスタッフはちょっと彼に呆れているようだけど、彼のアイディアが楽しみなのかどこか楽しそうに引き受けた。

「衣装も変えるよ。今から浴衣用意できる?あと紫陽花の生花欲しいな」

カメラマンさんが衣装さんに聞く。衣装さんは慌てて電話を片っ端からかけ始めた。

最初は、初夏らしく水色の爽やかな水着を着て海岸で撮影する予定だったのだけど。大々的に当初の予定が変更されていった。

少し不安だけど、カメラマンの松崎さんはどこか楽しそうに話をどんどん進めていく。
いっそ、撮影自体延期にしてしまった方が楽なんじゃ、と思ったのはここにいるスタッフ皆感じているだろう。
しかし松崎さんの勢いは止まらない。

「近くのお寺抑えました!」
「呉服屋近くにあって良かったー。浴衣、何種類か借りれそうですよ!」

慌ただしくあちこちからスタッフの声が飛び交う。
ものの数分でとんとんと事は進んでいく。
私はただ、メイクさんに顔を預けるだけ。事の発端は私の顔にあっただけに申し訳なさでいっぱいになる。

車でそのお寺へ早速移動する。そこはどこか趣きのある立派な寺だった。

境内には大きな木が何本かあり眩しい位の新緑を感じさせる。そして季節感溢れる、紫、青、赤紫といった様々な色の紫陽花が私達を出迎えた。

しばらくすると衣装さんやメイクさんが両手を一杯にさせて、成人式や結婚式に着るような色鮮やかなものから、黒いシックなものまで様々な種類の着物と浴衣を持ってきた。

そこでカメラマンさんが選んだのは、シンプルな藍色の浴衣。

寺の中のお部屋を借りて衣装さんに着付けしてもらう。
そこでふとした疑問。ちょっとというか、これじゃだいぶ緩め。
今にも着崩れてしまいそうな中、お腹側で蝶々結びをされた。

浴衣ってもっとぴっちり着るものじゃないの?

思わず不安になって聞いてしまった。

「えっと、あのちょっとゆるくないですか……?」

「松崎さんの指示でね、ちょっとはだけた感じでってことだから」

「え?はだけた感じ?」

「うーん、こんな感じでいいかな?

そんなこんなでドタバタな準備からようやく始まった撮影。
ここまでお膳立てさせられたのだから、何がなんでも期待に沿えられるものにしなくては。

いつも以上に気合を入れて撮影に臨んだ。


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