虫の本
「演劇にでも喩えますか?」
「いや、僕はこう言いたかっただけさ──」

 君の住む町に、人間は居たかな?
 君の住む町に、歴史はあったかな?
 君はそれらを正しく認識出来ていたかな?
 白い天使と黒衣の悪魔が来訪するまで、それらを気にした事なんてあったかな?
 自分と深く関わる者以外は、ろくに人間として機能してすらいない、自動人形同然の存在だった事を知っていたかな?

「…………」
「察してくれたようで何より」
「この図書館の本一冊一冊が、独立した世界? 定められたシナリオ通りに進むだけの、物語?」
「聡明な女性は嫌いじゃないなあ」
 そう言いながらも、彼は興味無さげにボロ本の表紙を、人差し指の先でトントンと弾いた。
 バフっと音を立て、埃のような物がページの隙間から吐き出される。
 その埃のようなナニカについて考えるのは、精神衛生上よくないと判断し、私はやめておく事にした。
 宇宙。
 星(ホン)が集まって銀河(ホンダナ)を形成し、数多のそれを内包するのが宇宙(トショカン)、という事なのだろう。
「それにしたら、人間(トウジョウジンブツ)が住める惑星(ホン)が多過ぎませんか? 実際に人が住める惑星なんて、ほとんど無いはず」
「そんな事は無いよお」
 司書さんさんの左手が、唐突にガツンと手近な本棚を叩いた。
 すると、バサバサと落ちてくる何冊かの星(ホン)。
 片手で天変地異を起こせる彼は、本当に神様かもしれなかった。
 どう見ても邪神の類ではあるけれど。
「ほら」
 散らばった本を、顎で指す司書さんさん。
 私はとりあえず、それらの表紙に目を通してみる事にした。
「えっと、医学書に、数学の参考書に、手話の入門書、英和辞典、世界地図、六法全書、イベント企画書、風景画の写真集、楽譜……和訳版“狭間の浪費”? えっ、これ魔術書!? こっちは二足人型重機“ライオットピース”の整備マニュアル??」
「登場人物も物語も無い本、つまり生命の息吹の無い天体も無数にあるんだよねえ」
 確かにその通りだった。
 どうやらこの図書館の本でも、様々な天体(ジャンル)を扱っているらしい。
 本棚のジャンル分けくらいはした方が良いとは思うけど。
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