虫の本
「そーだそーだ、暴力反対ー」
「大樹は少し黙る」
 ぺち。
 今度は由加からの弛めのチョップが後頭部に炸裂した。
 由加は優しいなあ。
 そして俺、学習しないなあ。
 性分だから、どうしようもないんだけど。
「こほん、かなり時間を無駄にしてしまいました。早速始めましょう」
 ようやく万力のような右手から釈放された俺は、少し咳き込んでから由加の隣に腰を下ろした。
 こんな細腕の、どこにこんな力があるんだかな、と思う。
 少女は、見た限りは普通の人間だ。
 あの不思議な声や驚異的な脚力と腕力を知らなければ、の話だけれど。
 しかし、少し言葉を交わしてみて分かったけれど、確かにこの子は俺達に悪意は持っていないようだ。
 害意も無いと、信じたい。
 不明な点は多いものの、二度と関わらないと言うのなら、少しだけ相手をしてみるのも悪くはない……か?
「では、単刀直入に聞きます。この世界に、何か特殊な力はありませんか?」
 少女は大真面目な顔でそんな事を言い放った。
 二の句が継げない俺達を見て、彼女は「強大な悪意に対抗する力が必要なんです」と続ける。
 目が本気だった。
 …………。
「魔法使いか正義のヒーローでも探してるのかな?」
「もしくは、異星人の侵略や狂科学者が作り出した破壊ロボに対抗するために作られた秘密兵器とか?」
「よかった! 具体的にどのような物を指しているのかは分かりませんが、そんなにも“彼ら”への対抗手段があるなんて……!」
 俺達の軽口に対して、またしても大真面目に反応する少女。
 ……やり辛いな。
 俺みたいにノリでわざとやっている訳では無いようだ。
 そもそもそんな器用なボケなんて、この子には向いていないように思う。
 無駄に生真面目そうな雰囲気とかあるし。
「由加」
「うん、何かな……?」
「こう言う場合、119番で良かったっけ?」
「本当に緊急じゃない場合は、救急車は呼んじゃ駄目なんだよ……あと、頭の都合の方は救急車呼んでも対処に困る思うの」
「春はとっくに過ぎてるのになあ」
 意外と容赦の無い由加なのだった。
 と言うか、俺のボケ倒しだった。
 ノリの良い相方が居るとやりやすい。
「あっ! もしかして私の言ったこと馬鹿にしてますかっ!? しましたよね!?」
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