虫の本
「ば、馬鹿言うな! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!」
「大樹、言い分がよく分からない上に、反論の仕方が小学生並だよ…」
「そうは言うけどなあ」
 もちろん、由加からツッコミが入る事が前提の、わざとである。
 不明な状況下に置かれた場合、取るべき手段は二通り。
 すなわち、積極的に自分のペースを組み立てて場を乱すか、状況が判明するまでは静かに耐えるか、だ。
 そして俺は、嵐が過ぎるまでぼやぼやしているほど気長な性格はしていない。
 呆れ顔の俺達を見て、少女が詰め寄ってくる。
 頬を掻きながら、座り直す俺。
 もう逃げる意志は無いよ、話はちゃんと聞くよ、という服従のアピールだ。
 ヘソを曲げられて、また馬鹿力で胸ぐらを掴まれるのは勘弁して貰いたい。
 日の当たらない少し湿っぽい地面が、ひんやりと気持ちが良かった。
 不安に焦る気持ちを冷ますには丁度良い。
「よし、おさらいだ。さっきは確かに少しパニクっちまったけどさ、よく考えたら別に逃げるような事は無かった気もするんだ」
「大樹?」
 何を言い出すのか、とこちらに視線を向ける由加。
 少女の方も、俺の落ち着きぶりに困惑しているようだ。
「冷静に思い出してみればさ、確かにどれもブチ抜いた不思議体験と言う訳では無いように思うんだ。別に俺より腕力や脚力がある女の子が居たっておかしくないし──実際に、由加は俺より体力あるだろうしな。“声”にしたって、音量を調節した小型のマイクとスピーカーがあれば俺達だけに声を聞かせる事は不可能じゃない。不思議な事なんて、何も無い」
 ちょっと無理があるけれど、現実味はある仮説だと思う。
 無論、何故そんな回りくどい事をしてまでこの子は俺達に干渉してきたのか、それについては不明なままだけど──
 言葉が通じる相手が会話を求めているならば、聞き出せば良いだけだ。
 今。
 ここで。
 俺が。
 理由を。
 知りたいから。
 聞き出す。
 ……それだけだ。
 難しい事なんて、何も無い。
「そう考えれば、食い逃げしてまで逃げ出す程の事じゃなかったと思うんだ……違うか?」
「そう、かな? うん、確かにそうだよね」
「話、聞こうじゃないか。聞かせてくれよ、何が目的──」
「貴方達は、大きな勘違いをしています」
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