虫の本
 赤髪の言う事は、きっと正しいのだろう。
 彼女が嘘を吐く意味なんて無いし、そんな器用な事が出来る性格でもなさそうだ。
 それを度外視しても、そもそも中立と均衡を佳しとするらしい司書とかって人物が、無闇に栞を追加して場を乱すような事をするとは思えない。
 じゃあ、俺はいつ、何処で白紙の栞とやらを見たというのだろうか。
 俺は必死になって、頭の中の引き出しをひっくり返す。
 気になる事がある以上、どこかにその記憶が残っているはずである。
 記憶を探るんだ。
 その、曖昧な記憶を。
 俺は、慣れ親しんだロジックを展開した。
 整理して、吟味して、判断して、結論を下す──そうすれば、大抵の真実は見えてくるもんだ。
 後は導いた解をどう応用するか、それは俺次第である。
 さあ、思考の海を旅しよう。

 解体。
 それを見たのは、たぶん今日の事である。
 今日、俺が訪れた場所。
 自宅、住宅地、由加の家、電車、商店街、映画館、喫茶店、大通り、裏路地。
 クリア。

 吟味。
 よく思い出せ、赤髪や糞天使が現れる前は、何も異常は無かったはずだ。
 削除、削除、削除削除削除削除、削──保留、保留、保留。
 クリア。

 構築。
 栞とは、セーブされた情報をロードする為の物。
 つまり、本の中の情報を記録し、読み出す為の物である。
 これを行う事が出来る赤髪の少女は、実際にこれを使って再生天使に挑み、最後の一枚を除いて全て使い切ってしまった。
 その為、俺が見たと白紙の栞と思われる物は、彼女の持ち物ではありえない。
 クリア。

 判断。
 中から外へ。
 それは、白紙の栞を使って図書館へ逃げ込む、という赤髪の発言に合致する。
 外から中へ。
 俺は確かにその瞬間を一回──いや、二回は見ている、はず。
 確認を要請。

 もしこの発想が正しいならば、状況はかなり変わってくるだろう。
 そう言えば、あれだ。
 今更ではあるけれど、しかも一瞬見ただけじゃ形までは分からなかったけど、色は周囲に紛れて目立たない色だったような気がする。
 銀文字が浮かんでいない、無地の白。
 そこから導き出される仮説は、ただ一つ。

 ……判断、完了。
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