虫の本
 彼女の物言いに、俺は苦笑いを浮かべる。
 トリ野郎が俺に向けて初めてB・Bを召喚した時、一瞬だけど奴の大きな袖口に隠れた何かが見えた気がしたのだ。
“右手”に握った白紙の栞を相手に見せない為の、手元を隠す大きな袖口の衣装。
 最近は流行らないけれど、袖の中に物を隠す事は古い手品の常套手段である。
 ついでに言うなら、すぐに相手の意識はトリ野郎の“右手”(に握った白紙の栞)によって切り裂かれた灰色の空間へと釘付けになるので、栞に気付ける者はまず居ないだろう。
 俺が奴の“右手”に違和感を感じたのは、本当にただの偶然だったのだ。
 由加の幻が気を引き締めてくれなかったら、俺は最初の一射で爆死していたに違いない。
 赤髪と検証した時も、正直な所あまり自信は無かったのである。
 けど、実際に奴と格闘の真似事をしてみて、ようやく俺は確信するに至った。
 トリ野郎は、接近してきた俺を常に“左手”だけで相手をした。
 当然である。
 大切な白紙の栞を隠し持っている“右腕”を格闘に使う事は、あまりにリスクが高過ぎるのだ。
 万が一にも奪われてしまえば、B・Bは撃てなくなってしまうのだから。
「さんざん三流ぶりを見せつけてくれたけどさ、やっぱりあんた凄えよ。俺だったら、白紙の栞をそんな用途に使うなんて思い付きもしなかったと思うんだ」
 これは本心だ。
 奴がヒントを見せなかったら、俺はB・B召喚のカラクリに気付く事は出来なかっただろう。
「けど、偶然の結果とはいえ、あんたは俺に手の内を見られてしまった。なら、俺がそれを利用するのは当然だよな?」
 しかめっ面で俺と赤髪の方を睨むトリ野郎が、再び呻く。
 矢が怖ければ弓を潰せば良い。
 白紙の栞で羽矢を召喚しているというカラクリさえ分かれば、それを奪えば良いだけの事だ。
 こちらは奴の攻撃を封じる事が出来ると共に、探していた白紙の栞も入手する。
 そもそも、白紙の栞を赤髪だけが持っていると思い込んだ事が間違いだったのだ。
 記述や読み込みが出来るのは赤髪だけのようだけれど、公平を佳しとする司書なる人物が、彼女だけに栞を与えるとは思えない。
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