虫の本
 トリ野郎も持っていた事は、むしろ必然なのである。
 第一、“本”への出入りには白紙の栞が必要だと、赤髪も言っていたではないか。
 トリ野郎が白紙の栞を持っているであろう事は、すぐに気がつくべきだったのだ。
 奴が白紙の栞を持っているならば、俺が取れる行動の中で、恐らくこれが最良の一手だったはず。
 そして、赤髪の誘導で由加を退場させ、俺はトリ野郎に動揺を与え、揺さぶって、力を合わせて、ついに俺達は白紙の栞を手に入れた。
 手に入れたのだ。
「種の割れた手品なんて、恐れるに値しないね。今度こそ本当に、あんたには打つ手が無い──あんたの負けだ、詐欺師“再生天使”!」
 由加を奪われ、世界を壊され、逃げるしか手が残されていない負け犬による、しかし勝利宣言。
 これは本来、必要の無かった作業である。
 俺がわざわざ奴に種明かしをしてやる必然は無い。
 白紙の栞を奪った時点で、さっさと図書館とやらに逃げ込めば良いのだ。
 けど、俺は奴を無力化した上で全てをぶち撒けた。
 奴に自らの無力さを思い知らせる、その為に。
 嘘吐きな詐欺師に、嘘に翻弄される者の悔しさを刻み返す、ただその為だけに。
 由加を奪われた事への仕返しにしては、それは確かにささやかな反撃だったかもしれない。
 しかし、奴の最大の隠し球を暴く事で、奴のちっぽけなプライドに泥を塗る事が出来るのならば、残り少ない時間を費やすのも悪くない。
 それが俺の判断だった。
 悔いはあるけど、構わない──
「話は終わりだ。いよいよ灰色も広がって来た事だしな……そろそろ退散させて貰うよ」
「では、“本”から脱出します。私から離れないでください」
「そうだ、一つ気になってたんだけどさ。今更だけど赤髪、あんたの名前は?」
 俺の意識が彼女に向いた、その時だった。
 それまで呻くばかりで具体的な行動を起こさなかったトリ野郎が、こちらの動きに反応する。
 突然?
 いや、当然だ。
 ここで俺に逃げられては、奴は俺を“再生”するという目的を達成出来ない。
 理由は未だよく分からないけれど、トリ野郎が俺の命を狙っていた事は事実である。
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