虫の本
「人の外見に難癖つけるなんて、あまり良い趣味とは言えないねえ。そういう事は、あまり口に出さない方が──ああ、失礼。口には出してないか」
「!?」
 声に出してない事が、何故か筒抜けだった。
 ずっと感じていた不気味さが一気に増し、私は思わずサリジェと名乗る女性の陰へと身を隠す。
「いちいち真に受けない方が良いよ。こいつ、初めて会った人には必ず同じ事を言うんだから。会話から思考を誘導して話題を組み立てる、初歩的な読心交渉技術だよ」
 苦笑を漏らし、青い髪の男から少し距離を取った場所にサリジェは腰を下ろした。
 それに倣って、私も彼女の隣に座り込む。
 見たこともない結晶か宝石のような物で出来た半透明の床は、その中に小さな発光体が無数に散りばめられており、美しい夜空のように見える。
 そこから足を通して伝わるひんやりとした感覚が、私の頭を冷却していくかのようだった。
 ともあれ、思考と話題の誘導の話。
 そんな話術を得意とする彼氏が居たお陰で、種明かしを聞いいても今度は大して動じなかった。
 ネタが割れてしまえば、ただの変な人と変わりが無いようである。
 タイミング良く、ちっ、と舌打ちをする青い髪の男。
 ……やっぱり読心の技とかを持ってる線も考慮した方が良いのだろうか。
 やりにくい相手ではある。
 ついでに言うなら、サリジェは彼に対してあまり好意的ではないようだった。
 無論、私も同じだ。
「最初に一つ訂正しておこうかなあ。僕の名前は“司書”ではなく“司書さん”。いや、特に深い意味は無いんだけど、名前は誤って覚えては欲しくないからねえ」
 そう言いながらも、彼の視線は読みかけの本に落とされたままだった。
 ……感じの悪い人である。
 しかし、“司書さん”。
 ややこしいけど、キン肉星の王子やジャングルの王者みたいな物だろうか?
 じゃあ、“さん”付けして呼ぶなら“司書さん”さん?
「王族じゃなくて、神族みたいなもんなんだけどねえ。厳密には全然違うモノなんだけど」
 神様気取りだった。
 何様かと問いたい。
 そんな私の突っ込みを待たず、司書さんさんは話を続けるのだった。
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