虫の本
 完全に乗せられた。
 確かに私にも非があったかもしれないが、実にやりにくい相手である。
 サリジェの気持ちも、ちょっとだけ分かる気がした。
 それより、何で私の名前がばれているのか、そちらの方が気になる所だ。
 もしかして、彼氏から聞き出したのだろうか。
「ちなみに、彼に土下座させたのは事実だからね」
 あまり聞き出したくない事実だった。
 やはり、彼──蒼井大樹は私よりも一足先に、司書さんと接触していたようである。
 彼の事だから、きっと上手く立ち回って状況を把握したに違いない。
「さて、僕への用事とは何かな? 栞でも作るかい?」
「それは後回しにするとして、まずはゆっちゃんに色々と教えてあげて欲しいんだけど」
「色々ですか?」
「色々」
 テキパキとサリジェが話を進めていく。
 そうだ、私は色々と聞きたい事があるのだ。
 リピテルに連れられてこの図書館へ“帰って来た”時(館内のどこかに彼等の本拠地があるらしい)、彼は既に心身共に色んな意味でズタボロな状態であった。
 本来なら彼が私を案内してくれる手はずだったらしいのだけれど、彼の回復を優先する為に急遽サリジェに私の案内役がバトンタッチされる事になったのだ。
 私は知らない。
 何がどうなって今の状態に行き着いたのか、全く知らない。
 この流れから察するに、司書さんさんなら私の疑問に答えてくれるのだろうか。
「答えるよ。“知る者”と“知らぬ者”が居るのは不公平だからねえ……これでも僕は、“均衡”こそが何よりも尊重すべき物だと考えている“制御”の化身だったりするから」
 均衡……釣り合い、バランス、か。
 あまり彼のイメージには合わない気もするけれど、何か一つでも不明な点が明かされるのならば、遠慮無くここで質疑をぶつけてみるべきだろう。
 そう判断した私は口を開いたが──
「ちなみに、スリーサイズは答えられません」
「聞いてませんし、聞きませんからっ!」
 その口からは疑問よりも先に突っ込みが飛び出した。
 いにしえの昔から使い古されてきた、お約束のボケだった。
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