虫の本
 彼の対応に出鼻をくじかれ、頭の中に不安が満たされる。
 アレだ。
 絶叫マシンが動き出した後に、安全バーのロックが壊れている事に気付いた、そんな気分に似ているかもしれない。
 ……もう戻れない。
 質問なら、サリジェにした方が良い気がしてきた私なのだった。
「こんな奴をいちいちまともに相手にしちゃ駄目だよ。本当は私が色々と教えてあげれれば良いんだけど、実は“次”の準備が迫っててさ……悪いんだけど、私は作業に専念させて貰うね」
 そう言った彼女は、既に腰の鞄の中身を床にバラ撒き、大小様々な小道具や機械を並べ、それらの調整に入っていた。
 その中には素人目にも分かるほど物騒な代物や、一見しただけでは用途が分からないがらくたまで、実に多彩である。
 けど、予定があるなら仕方がない。
 ここまで案内してくれただけでも、十分に助かっているのだ。
 私は渋々ながら、司書さんさんに思った事をそのままに質問していく事にした。
「じゃあ……前置きが長くなっちゃったけど、順番に。ここ、どこなんですか? あり得ないくらい大きな図書館ですけれど──」
 そもそも、図書館内に地平線があるなんて、絶対におかしい。
 壁が地平線の向こうにあるような建物なんて、地球上に作れるとは思えない。
 力学的にも、地理的にも、不可能である。
「無難な所から来たねえ。ふむ、確かに物理則が強く幻想則が弱い君の“本”では、このような建築物は存在し得ないか」
 いきなりよく分からない言葉が飛び出して来た。
 が、あの赤髪の子が、似たような事を言っていた記憶はある。
 ゲンソウソクがどうとか。
 必死に記憶の糸を手繰り寄せる私だったけれど、しかし司書さんさんはそれをゆっくり待つつもりは無いようだった。
 読みかけの本に真っ白な栞を挟み、彼は私の混乱なんてお構い無しに言葉を続ける。
 マイペースな人だ。
「ここは“大交鎖図書館”という場所だよ」
「ダイコウサ……」
「鎖で繋がれた、世界の交わる場所。それが、大交鎖図書館さ。そうだねえ。君の“本”で例えるならば、ここは宇宙に相当すると言っていい」
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