お隣さん。
────その日から、たまには部屋に来ていても、繰り返される似たようなやりとり。
何度も、何度も。
少しずつすれ違っていくのを、家族でも友人でもない、ただ隣に住んでいる関係でしかない俺だけが聞いていた。
ごめんな。
大丈夫。
ごめんな。
気にしないで。
ごめんな。
平気だよ。
男の言うことはいつも代わり映えしないのに、どうして誤魔化すんだ。
甘いかけあいは。
幸せそうな会話はもう伝わってこない。
安藤さんだけが苦しんでいるなんて、おかしい。
「わたしのことより」なんて言わないでくれ。
あんな、最低な奴に。
どうしたって、聞こえてくるのに。
俺はなにも言えないから、ただ掌に爪痕を残すだけ。
おすそ分けを持って行けば、いつだって笑顔で。
もらう飯は美味しくて。
あまりにも、美味しいから……瞼がひりりと痛むんだ。
俺を苛立たせて仕方のないあの男。
迷惑っちゃ迷惑だけど、元のふたりになればいい。
伝わるのは幸福であるようにと、強く願った。