路地
「父は悪くありません。」


そんなにも痩せ細っているのにどこからそんな力強い声が出るのかと精神科医である城崎は不思議に思い、と同時にそんな美織の姿に興味も湧いた。


精神科医が故の悪い癖だ、と直ぐに思い直したが。


「どうして?彼は結果として自分の妻でもある君の母親を殺したじゃないか。憎くはないのかい?ましてや妻殺しの罪を君に被せようとしたじゃないか。君が気が狂ってやった事だと。君を陥れようとした。」


珍しく精神科医城崎は声を荒げた。何故か美織を見ていると放っておけない自分に戸惑いながら。


「いいんです。あの人の為なら私、どうなったっていいんです。私の言った通り遺体の一部が出てきたなら私がやったって事じゃないですか。どうして…なのに、どうして…」


美織はそう言うと陽の差し込む窓の外に目を向けそれきり黙ってしまった。


「すまない。精神科医としてあるまじき言動だった。ただこれは医師としてじゃなく一人の人間として言わせて欲しい。君の愛はーーー間違っている。」


城崎の言葉に美織は反論するでもなくただ目の前の医師を睨みつけた。


何も言わずじっと。


その目に、その澄み切った目に城崎は囚われつつある事を自覚しながらも至って冷静な声を出す努力をしながら言った。





「もう、そんな狭い路地から抜けたらどうかな。ほんの少し、ほんの少し先に進むだけでどこにだって行ける道はいくらでもある。」










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