涙があふれるその前に、君と空をゆびさして。


再びお母さんの手から包丁を取ろうとした私をお母さんが優しく抱きしめる。



「いい人に、心から愛されなさい」



そう言うと私の額にキスをして、あの人を追いかけたお母さんに伸ばす手はどこにも届かなかった。


バタンッ……。閉まったドアに、私はチカラを無くしたように座り込んだ。


ダメ……お母さんば追いかけんと……。


フラフラになりながら外に出た。
よたよたアパートの手すりや階段に躓きながら歩く。


……外は酷い雨。


やっとの思いで道路に出ると、遠くでお母さんがあの人を後ろから刺す瞬間が見えた。


何度も、何度も。


そして倒れたその人の上に覆いかぶさるように、お母さんもお腹を自ら刺して倒れた。


私の涙と叫びは雨と雨音と同化して地に落ちて堕ちて行った。


……これが近所で噂になった心中事件の真実。


この事件をキッカケに私は友達もなくした。



「人殺しの娘やろ?」


「一緒におったらうちらまで殺されるやん」



コソコソ話してるのか、それともワザと私に聞こえるように話しているのかわからなかったけれど。


真実も知らないで語られるのが本当に許せなかった。


みんなお母さんが悪いと思っている口ぶり。


そうじゃないのに。


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