学園マーメイド


『穂波くん、仕方がないわ。こんな足の状態で大会に出ても結果は見えているでしょう?』



瞳の奥がぎゅ、と縮まる感覚がした。
体に冷たい感覚が通ると、背中につーっと汗が流れる。
扉に手をかけた手が、ぶらりと力を失い宙をかいた。



『大会出たいんです、先生!』



荒々しい陸嵩の声。



『気持ちは分かるわ。でもね、捻挫ならまだテーピングでどうにかしていけるけど、ヒビが入ってるの。走ったらどうなるか陸上部のあなたらな分かるよね』
『……っ!でも軽いヒビだって』
『ええ、“骨折”の部類での症状は軽いわ。でもね、怪我としては重いのよ』



耳に入ってきた痛々しい言葉。
心臓に突き刺さった。



『……くっそ』
『穂波君』
『……今回の大会は……応援に……っく……うっ』



喉から搾り出されたような陸嵩の声。
心臓を誰かに握られたように収縮して、戻って。
彼が扉一枚向こうで泣いていると言うのに、私はこの扉を開けることも出来ずにたたずんでいるだけ。
なぜ開けることができないのか、理由は簡単だった。
――――怪我の原因は私にあったから。
痛い痛い痛い。
左胸を強く握り締めて、私はゆっくりそして静かに後ずさりをする。
くるりと方向転換をして、走り出す。
無意識に足は息の吸える場所へと向かっていた。






「はあ、……は、……はぁ」



私は狂ったように泳ぎ続けた。
体が熱を持ち始めても、息が続かなくなりそうになっても、呼吸が激しく乱れても泳ぎ続けた。
体中にひしめく感情を振り払うかのように、我を忘れて。



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