学園マーメイド
川上蒼明、36歳。
20代はオリンピック界の蝶として有名だった、バタフライの水泳選手。
私が最も尊敬する選手だった。
それはオリンピックの蝶だからでも、優勝して栄光を称えられていたからでもない。
彼はアメリカで行われる大会中に家族を交通事故でなくていて、でも一人ぼっちになっても水泳と向き合い、水泳を愛し続けていたからだ。
川上を知ったのは兄を亡くした直後で、それの事実がどれだけ私の支えになっていたか。
同じだと思った。一人ぼっちでも水泳が生きる場所で、続けているんだとそう思っていた。
だけど実際は違ったのだ。
28歳の時に彼がドラッグを使用している事が判明、逮捕されて保釈金を払い、保釈後は水泳界を辞退に近い引退をし、今現在に至るのだ。
川上には私を裏切ったつもりなんてなのだろうが、私にとってそれは裏切りだった。
ちゃんと水泳と向き合っていわけじゃなかったのだ。
ドラッグと言う他の逃げ道に逃げ込んで、水泳を捨てていたんだ。
尊敬から軽蔑へと気持ちが変わっていくのは目に見えていた。
川上がのっているスポーツ雑誌を全て捨てて、自分は自分の水泳だけを信じて泳いでいくのだと決めたのだ。
それが今になってどうして。
アップを終わらせ飛び込み台に掴まると、川上が笑顔で待っていた。
……反吐が出る。
「綺麗な飛び込みの姿勢だったよ」
「…………」
睨むようにして見ると、笑顔が苦笑いになって返ってくる。
「そんな怖い顔しないで、な?ほら、俺と蒼乃ちゃんの名前って似てるし仲良くしよう」
それがどうして仲良くしようとする理由になるのか理解できない。
蒼明の蒼と蒼乃の蒼の字が同じだろうが、あんたと馴れ合うつもりなんてない。
言ってしまおうか迷ったが、これから来年の春まで一緒だと思うと軽はずみな言動で雰囲気を壊すと修正が難しくなる。
もし気分を害されて帰国なんて事をされたら、怒られるのは私だ。
「……はい」
掠れるような小さな声で言うと、少しだけ川上の顔が緩んだ。
「大会まであと1ヶ月。気合入れて頑張ろう!」
爽やか笑顔に嫌気が差しながらも、頷く。