学園マーメイド
川上が怒るのも無理はない。
大会間近だった教え子を危険にさらし、泳げなくさせたのだ。
怒って当然だ。でも、……全てを理解できないけど光も苦しんだはずだ。
私を殴った後で、少なからず自分を責めたはずだ(そう思いたい)。
チャンスを。私を許せるチャンスを、光を許せるチャンスを。
……向き合える力を。
『分かった』
川上は瞳を伏せると大きく溜息をついた。
そして顔を上げて、先ほどとはまったく違う優しい顔をして此方を見た。
包み込むような笑顔だ。
『蒼乃ちゃんが信じる通りにやるといい。……人と向き合おうとするその心って大事だから。ありったけの自分の気持ちを相手に伝えておいで』
『……はい』
大きく骨ばった手が髪の毛を優しくすくっていく。
その暖かさに少し涙腺が緩んだのは言わないでおこう。
そうして私はここに立っている。
心配してくれた陸嵩、雪兎、梅沢、そして川上。
自分の問題でもあるのに、たくさんの人が影で私を思ってくれている。
自分の問題だ、でも自分の問題だけでもない。
面白い感覚だが、ずしりと重く、そして心強い。
バスケ部と書かれたプレートを見て、大きく深呼吸。
扉の向こう側からはなにやら楽しそうな笑い声や、話し声が聞こえてくる。
「……大丈夫」
言い聞かせるようにして言い、冷たいドアノブに手をかける。
どくり、どくり、心臓が波を打つ。
全身に向けて脈を打つそれは服の左側をゆっくりと上下している。
一定の間隔を感じた後、ゆっくりのドアノブを回した。
がちゃり、機械的な音はそれほど大きい音でもなかっただろうが、バスケ部の部室がしんと静まり返った。