学園マーメイド
「きっと手術を受ければ、死ぬだろうと思ったのだ。だから、その前に……、お前に会いたかった。……会いたかったのだ」
当主の言葉が震えているのに気づいていたが、あえて気づかないふりをした。
「死ぬから、会いたかったんですか?」
「いや、その前から何度もお前に会いたいと思ったことがあった。だが、お前に会ってしまうことであの二人を許してしまう気がしたのだよ。……私は、あの二人を許したくなかった。お前を見れば……、きっとあの二人を許してしまう。それが怖かったのだよ」
この人は亡くなった娘の事をどれだけ愛していたのだろう。
そして同時にどれだけ憎んだのだろう。
私の母と父を、……そして私をどれだけ憎んだの?
誰かを憎いと思うことは楽だけど、同時に愛していたのだ。
きっと想像もつかないほど苦しんだはずだ。
だけど私だってその苦しみを想像するだけで本当の苦しみなんて分からない。
それでも……、少しだけ分かるのは。
「許したかったんですよ、きっと。娘さんの事も、娘さんを奪った男の人の事も」
そうじゃなければ、私を此処に呼んだり、何度も会いたいと思うはずがない。
きっと許したかったんだ、二人を。
そして自分を。
「……そうだ、許したかったのだよ」
震える声と一緒に、びび割れた肌に涙が落ちた。
当主はその後、何度も何度も、許したかったのだ、と呟くようにして言った。
この人もこの人で辛かったのだと思うと、先ほどの発言に罪悪感を覚えてたが、間違ったことは言っていないはずだ。
暫くの間、お互い黙っていたが、当主が沈黙を破った。
「……辛い思いばかりさせてしまっていた事は知っていた。本当はお前を孤児院に預けるつもりでいたのだよ」
「孤児院に?」
「ああ。だが、沙織(さおり)がどうしてもお前を引き取りたいと言ってきかなかった。……今まで一度も我がままなど言わなかった沙織が初めて、言った我がままがそれだったからな、……私はそれを承諾するしかなかった」
沙織、それは義母の名前だ。
私の本当の母親の妹。それが今の母親。