学園マーメイド
床に落としていた視線をおもむろに私のほうへと向ける。
優しく、愛おしいものを見る色をしていた。
「蒼乃、お前が藤乃の中に宿った」
「……っ」
心臓がどく、どく、どく、と規則正しい脈を打つ。
出世なんて知らなくていいと思ってた。
親なんていないもの同然、会えない人だとずっと思ってた。
どこかで愛情を欲しがりながら、どこかで愛情を諦めていた。
その欲しかった愛情がいま、ここにある。そんな気がした。
「不謹慎だったかもしれない。在学中だったし、何より藤乃は尾神のご令嬢だったし。でもな、嬉しかったんだよ。俺は、嬉しかった。自分の愛した人が俺の子供を授かったことも、生みたいと言ってくれたことも……、本当に嬉しかったんだ」
『……黙らないでよ。黙ってたって、あたしはこの子を生むからね!蒼明が反対したって生むの!生みたいの!』
『いや、俺まだ反対も何もしてないし……。……ってかマジで!お、お、俺たちの子?え、ちょ、ちょっと……、どうしよ!すっげえ嬉しい!』
何か思い出したのか、遠い目をしながら川上はふっと笑った。
そして視線を落とす。
「それを自分の親に話したら、酷く嘆いてさ。挙句には3回も殴られた。……家に圧力がかかったらどうしてくれるんだ、って。……馬鹿馬鹿しい、息子より家の体裁が大事かよって。まあ、当然っちゃあ当然だったのかもしれないけど。その後、藤乃の父親にも挨拶に行ったけど、結果は同じ。自分の親に殴られるよりも、痛い拳で殴られたよ。藤乃が止めてくれなかったら、もしかしたら死んでいたかもしれない」
自嘲気味に笑った川上。
その顔はとても悲しそうに見えた。
「結局、二人の中は認めてもらえなかった。藤乃は大学を中退。家に軟禁状態。俺は俺で、大学に行って、毎日のように水泳に溺れ、毎晩藤乃の家に通った」
絶えず聞こえる心音。
握り締めたコップには水滴が出来る。
瞳は、川上を見つめたまま、喉はカラカラになっていく。