学園マーメイド


この後悔の話を、私は少し知っている。
川上が海の上にあるお墓に連れて行ってくれた時に話したことだ。
アメリカの大会中、両親とそのお嫁さんになる人を亡くしたと。



「……じゃあ、あのお墓は」



今まで頑なに開かなかった口が開いた。
その言葉に川上が頷く。



「そう、藤乃のお墓だ」
「…………」



母に初めて会ったのは今日じゃなかったんだ。
私はあの日、母の墓石の前でこの人の手を握った。
悲しそうに微笑んだこの人の手を握ったのだ。



「大会中に両親が死んだと聞いて、帰ってみれば……、藤乃も死んでた。それに加えて生まれた子供も一緒にその事故で死んだって聞かされた時は、いっそ俺も死んでやろうかと思ったよ
「私が死んだ?」
「そう、嘘をつかれたんだ。あの日、金を積まれて動いたうちの両親が藤乃を連れ戻しに病院に行って、藤乃だけを車に乗せた。蒼乃、お前は病院のベッドで寝ていたんだ」



そして、その後事故が起こった、と喉元に詰まる苦しそうな声を発する。



「死のうとしたけど、死ぬことを藤乃や子供が望んでいないと思って……、生きてるような死んでいるような生活を8年続けた。……そして俺は、蒼乃、お前が生きていることを知った」



彼の目は輝きを取り戻したようにまっすぐに私を見た。



「死ぬほど嬉しかった」
「…………」
「生きていて良かったって思えた」
「…………」
「だけど会うことは許されなかった。“父親”として会いに行くことは許されなかった」



川上が此方に手を伸ばし、私の手からコップを奪い机に置いた。
そして今度は空になった私の手の平をぎゅっと握りしめた。
どちらともなく汗ばんだ手が震えている。




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