学園マーメイド

「…あお」
「黙れ!」


気持ち悪い、吐き気がする。
今すぐにこの場から立ち退いて胃にある物を吐き出したい。
それなのに足は、腕は、ピクリとも動いてくれない。
今頃になってどうして現れるのだろうか。この世に神様がいるのなら尋ねてみたい。

やっと息を吸う事もやっとな家を抜け出し、生きる理由と生きる場所を手に入れ、奪われそうになって奪われ返して、そしてやっと手にいれた安息だったのに。
どうして今頃になってこの仕打ちか。
きっと凄い顔で睨んでいたのだろう、橋本雪兎の顔が怯む。


「……あの過去は受け入れて自分の中で消化した。だから、もう何も話すことはない。何も、何もない」


呟くように言う。
その言葉の意味を理解できないようで、彼はまだ何か言いたそうな顔をした。


「お願い。あたしは、過去に足を引っ張られて今を見失うなんて事したくないの」
「…………蒼乃」


橋本雪兎…、雪兎は同情するよりも苦しそうな顔を見せた。
私はそっと彼の視線から目を逸らす。
そして小さく深呼吸して震えている両手をぐっと握った。…弱虫のままだ。
一歩、また一歩とゆっくりと歩き出し、乱暴に開けられた扉へと向かう。
雪兎の横を通り過ぎ、扉へと急ぐ。


「蒼乃。それでも俺は話したい」
「…………」
「この10年間、ずっとずっと考えてたんだ」


鼓動が激しく高鳴りを増す。
聞いてはいけない、早くこの屋上から逃げ出して安全な場所へ。
そう心は急かすのに足はそれに反発をするかのように動かなくなる。
走り出してしまえばいい、それか聞かないように耳を塞ぐか、誰かに気付いてもらえるように大声をあげればいい。
あげた所で、誰か助けに来てくれるかは別問題だが。


「ゆっくりでいいから、話す時間をくれないか?」


大きく深呼吸する。


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