学園マーメイド
冷静に、大丈夫、こんなのどうってことない。
心の奥に居る冷静な自分が語りかけると、体が硬直から解き放たれる。
固まっていた口と足が同時に動く。
「断ります」
急いで、早くこの場所から逃げなきゃ。
「蒼乃!裕利(ゆうり)のこと…!」
「……っ!」
どどどどどど、心臓がけたたましい唸り声を上げた。
心臓が危険信号を体中に送り出す。
その名前を聞いてはいけない、その名前を呼んではいけない。
速く逃げなさい、その名前も声も記憶も届かないところへ、と。
胃から押し寄せる異物を感じるのと足が猛ダッシュで階段を下りるのは同時だった。
「―――…うぇ、げぇほ!…うっ、げう」
トイレに駆け込んで鍵をかけ、便座に手をかけた途端、その異物は食道を押し上げて外に流れ出た。
夢であってほしい。
あの夢のまま小さな子供のまま、記憶なんてそこで止まっていればいい。
欲しいものが手に入らなかったら泣き喚いて、嬉しかったら手を叩いて喜んで。
それ以上に成長した過去の人なんかに出会いたくない。
それとも…、あの夢は何かの警告だったのだろうか?
ああ、だめだ。意識が遠のく前に寮に急がなくては。
こんな所で倒れていたら迷惑どころの話ではない。
問題になって体調不良だとコーチに告げられたら、夏季大会おろか練習さえもさせてもらえなくなる。
私の生きる場所を…、奪われてしまう。
早く寮へ――――。
そこからはどうやって寮に帰ったのか自分でも覚えていない。