学園マーメイド
今思い出しても恐怖で体が凍る。
怖くて、怖くて、怖くて、でも水泳からは逃げたくなくて。
私は急いで服を脱いでミズノと書かれた水着を着るとプールサイドへ飛び出した。
塩素の匂いを吸い込みながら、キャップもゴーグルも付けずに水の中へ飛び込んだ。
ああ、この空間。
時計の刻む音も、人の話す声も、全て抹消され。
そこに残るのはかすかな心音と水音。
体中に感じる水の感触がまるで母親の羊水に浸かっているような、幸せな気分にさせてくれる。
もっとも、羊水の中にいた自分なんて知らないけれど。
…私が部員の皆に“やめたくない”と宣言した次の日。
私一人を残した全員が退部届けを出して部活を去った。
『蒼乃ともう泳ぎたくない』
ああそう、私もあんた達なんかと泳ぎたくないよ。
なんて心の中で精一杯強がっても、ショックは隠せなかった。
でも、この場所を取られるくらいならこんな痛みなんて受け止められる。
全てと呼べるこの場所を守る為なら、卑怯と呼ばれてもかまわない。
「ぷはっ」
水面から顔を出すと聞こえ出す音が不快に思えた。
塗れた髪から頬を伝って落ちる水滴。
ぴちゃん、と陽気な音を出した。
その後の水泳部の部員達は陸上部や野球部に入部したと聞いた。
罪悪感で胸が押しつぶされそうだった。
水泳部は魚みたいなもの、陸にあがっても水を恋しがるだけ。
よく分かるんだ、皆は水泳が嫌いでやめたんだじゃく私が嫌いだからやめたのであって、水の中を泳ぎたいと思ってる魚なんだ。
『 蒼 乃 、 や め て く れ な い ? 』
頭の奥で響いたその声に体が硬直した。
私はブルブルと頭を振って、キャップとゴーグルを着けると壁を蹴って泳ぎだした。
ただ体に安心を感じながら。