学園マーメイド
雪兎は私の大きな声にも動じなかった。
それとは逆に陸嵩は丸い目が更に丸くなっている。
「蒼乃、聞いてくれないか。確かに俺はお前にとって過去の人かもしない。……や、確かに過去の人間だ。だけど、俺にとって蒼乃も裕利も過去の人間じゃない」
“裕利”、がつんとその名前は心の扉に体当たりを繰り返した。
――――『ちくしょう!……やだ、っやだよ!』
――――『どうして?家族だろう?』
心が、悲鳴をあげた。
扉から零れた映像に、体が心が脳が全細胞が、悲鳴を上げる。
やめて、やめてやめて!
開いてしまわないで、これ以上私の居場所を奪わないで。
「……っ……」
腹から、ずずっと湧き上がる異物感。
震える両手で腹を押さえて雪兎を睨む。
「過去だよ。あなたにとっても私は過去。未来に進むために捨てていくもの」
「……違う、過去じゃない。蒼乃、ずっと伝えたい事があるんだ。俺と、裕利から」
がつん、再び扉に体当たりするその名前に、体中はボロボロだった。
お願いだから、もうそれ以上、………。
――――『蒼乃はすごい!いつかオリンピックにでれる水泳選手になれるかも』
――――『誰か、…う、…誰かぁ!……やだよ、なあ、頼むよ』
記憶が、必死になって閉じ込めてきた記憶が頭の中で弾け飛んだ。
ぱん、ぱん、と音を立てて記憶の渦は脳から洗脳し始め、ゆっくりと体中を回っていった。
逃げようとしても逃げられない。
もう完璧に開ききった扉から飛び出た記憶は、私を逃がしてはくれない。
そして序々に腹から湧き上がる熱いものに、体の自由を奪われる。