学園マーメイド


一瞬、思考回路が止まりかけて、鈍く動いている。
呆然と何もいえない私に対してそのままでいいよ、と言うように掌に圧力がかかる。



「母さんは病気がちな人で、俺が小学校にあがる前には入退院を繰り返していた。小学3年に亡くなったよ。だけどね、母さんは父さんを悪く言ったこともなかったし、父さんも週に何回か俺達の家に来たり、食事したりしてた。だから父さんには恨みはないし、むしろ幸せだったほうじゃないかな」
「……どうして?」
「父さんも母さんも、本当にお互いを理解し合って、愛していたから」



そう言った声に戸惑いも悲しみもなかった。
本当に心から思ったのだろう、澄んだ綺麗な色をしていた。


「母さんが死んだ後は父さんが引き取ってくれて、穂波家の一員になった。正直不安だったんだ。いきなり兄弟が出来るって言うし、馴染めないか本当に不安で不安でしょうがなかったんだ」
「……うん」


それは分かる。
赤ん坊の頃からいたあの家は、今でも馴染んだと思うことはない。
兄がいなくなってからは尚更だった。
“いてはいけないんだ”と一日一回は思わずにはいられなかった。
また少し陸嵩の家の事情とは違うのだろうが。

「だけど、兄貴も弟も、全然普通だった。……普通って言い方はおかしのかな。なんていうか“余所者”って思われるんだと思ってたら、全くそんなんじゃなくて。むしろ、家に迎えられたその日から兄弟として接してくれた。父さんも同様にね」


声色が優しく、彼が家族を慕っているのが分かる。
空がオレンジ色に染まっていく。


「ただ……、母さん、あ、兄貴達の母さんね。母さんだけは俺を憎しみをこもった目で見てた。そりゃそうだよね、浮気相手の子供だもん。嫌って当然……、なんだけどやっぱりそれが一番悲しかった。母の愛情って言う奴が欲しかったんだ」


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