愛という名の世界
第13話
第13話(第8話 sequel )
倒壊した図書館の入口から中を覗くと、床一面に大量の本が散乱している。ユタは小さな隙間より容易に入って行くが、アカネは瓦礫に気をつけながら慎重に入らざるを得ない。小さな背中を見失わないように歩いていると、歴史という表題の掲げられた一角に誘われる。
「簡単ではあるが、この辺りに落ちている本で地球の歴史を知ることができるだろう。今の君に最も有用な情報を与えてくれるはずだ。読んで分からない点や疑問点があれば私に聞くといい」
「わかった、ちょっと読んでみる。ユタは?」
「君の傍にいるさ。でないと君の力になれないからな」
無表情でそう語るユタの本心は全く読めず、転がっている本を数冊拾い上げ壊れていない椅子に腰かけた――――
――数時間後、何の変哲もない内容の羅列に飽きてきたアカネは横目でユタを見る。
「ねえユタ、この本、とてつもなく面白くないわ」
「うむ、筆者もその本に面白さを求めて作成していないだろうから至極当然の感想だろう」
「読んでだいたい把握したけど、今のこの地球って滅んでない?」
「そう、さしたる原因も分からず解明もされず、地球上の生命体は全て消えてしまったのだ。残ったものは私のような無機物くらいだ。そしてそれも地球の消滅と共にいつか無くなることになるだろう」
天井の隙間から見える黒煙を見上げながらユタは語る。
「じゃあ私は人間じゃないってことになるね。それとも奇跡的に世界で一人だけ助かった人間とか?」
「私が今言える範囲で表現するならば、人間であり人間ではないというものになる。今の地球環境で生存できる生物など皆無なのだからな」
「人間であり人間でない、か。まあ、何となくだけど理解できるかな。それで、いつになったらユタは私の本当の名前や存在理由を教えてくれるの? 出会ったときに言ってたけど、それを教えるためにここに居るんでしょ?」
アカネの問い掛けを咀嚼するかのように聞き黙り込んでいたが、しばらくすると真剣な眼差しに向き合う。
「正確に言うと、私は君の失った記憶を取り戻すための補助の役割を与えられている。解答を教えるのではなく解答を導くための道具に過ぎない」
「あくまでも解答を出すのは私自身ってことね?」
「そういうことだ」
「回りくどいこと。確かに私は人間じゃないし、かといってロボットでもない。空も飛べないし走れば息も切れる。我ながら意味不明な生物だなと思う」
「現状その表現が正しいと言える。さて、全ての記憶が戻ったとき、君は何を想うのだろうか」
意味深なセリフを受けアカネはユタを質問攻めにするが、記憶に関する話題は完全にスルーされ追及を諦める。本人曰く、言いたくてもプログラムでブロックされてしまい、アカネから特定の単語やエピソードが発せられた時点でそれにまつわる記憶の補助ができるとのこと。誰によって何故そのような制限をかけられたかのかも聞いてみるも、今は語れないという定型文が返ってくるのみだった。
記憶を甦らせるためにユタが取った次の行動は想像していた通りのものであり、アカネが過去行ったことのある場所の風景を体感するというものであった。最初に向かった先は小高い丘で、聞くところによるとここは元登山道であったと言われたが、樹木どころか草一つも生えておらず何の感慨も沸かない。
「ちょっと思ったんだけど、生物絶滅前の光景を見ないと意味ないと思うんだけど?」
「一理ある。けれどそれはあくまで今の記憶に対する君の受ける感覚にすぎない。君の奥深くにある細胞レベルではなにかしらの作用が起こっていると思う。積み重なって行けば甦る記憶の断片もあるだろう」
「上手く言い包まれてる気がするけど、そういう事にしといてあげるわ。それにしてもホント、何もないね。どこを見ても荒廃した大地に赤黒い空。登山してもきっと楽しくないわね」
「楽しくない、か。君は面白いな」
面白いと評されアカネは首を捻る。
「いや、失敬。君は覚えていないのだろうが、過去登山の意味を初めて問うたとき君は同じように言ったのだ。登山をしてもきっと楽しくないと。そのときは額面通り、登山という行為自体に存在理由を見出せなかったのだが、今の君は最初から登山という行為を肯定的に捉えて発言している。実に面白い」
「肯定的って言われてもね。確かに登山の記憶なんてないけど、悪いイメージでもないからきっと過去に良いことがあったのかも。ユタは登山好きなの?」
「いいや、疲れるから大嫌いだ」
無表情で即否定されるが、その理由が予想外だったこともありアカネは含み笑いをする。
「記憶のあるユタが否定的って可笑しくない? と言うかロボットじゃない?」
「仕方ないだろう? 嫌いなものは嫌いなのだ」
「ちょっとユタに親近感持ったわ。変わったロボットね、あなた」
「君ほど変わった存在もいないがな」
「そうね、変わり者同士仲良くしていきましょう」
丘を歩きながら風景を眺めていると足元にあった瓦礫につまづき両手で地面をつく。転倒方向にサッと移動したユタは無事を確認する。
「大丈夫か?」
「……うん、平気」
「アカネ?」
「……私、空から降りて来た。そして今のように転んで怪我をしたわ。この場所で」
独り言のように呟くアカネをユタは静かに見守る。
「そして、私はここで大切な人と出会ってる。誰かは分からないけど、凄く大事な人。そして、私に名前を与えてくれた。私の名は…………、そう、私の名前は君島弥!」
倒壊した図書館の入口から中を覗くと、床一面に大量の本が散乱している。ユタは小さな隙間より容易に入って行くが、アカネは瓦礫に気をつけながら慎重に入らざるを得ない。小さな背中を見失わないように歩いていると、歴史という表題の掲げられた一角に誘われる。
「簡単ではあるが、この辺りに落ちている本で地球の歴史を知ることができるだろう。今の君に最も有用な情報を与えてくれるはずだ。読んで分からない点や疑問点があれば私に聞くといい」
「わかった、ちょっと読んでみる。ユタは?」
「君の傍にいるさ。でないと君の力になれないからな」
無表情でそう語るユタの本心は全く読めず、転がっている本を数冊拾い上げ壊れていない椅子に腰かけた――――
――数時間後、何の変哲もない内容の羅列に飽きてきたアカネは横目でユタを見る。
「ねえユタ、この本、とてつもなく面白くないわ」
「うむ、筆者もその本に面白さを求めて作成していないだろうから至極当然の感想だろう」
「読んでだいたい把握したけど、今のこの地球って滅んでない?」
「そう、さしたる原因も分からず解明もされず、地球上の生命体は全て消えてしまったのだ。残ったものは私のような無機物くらいだ。そしてそれも地球の消滅と共にいつか無くなることになるだろう」
天井の隙間から見える黒煙を見上げながらユタは語る。
「じゃあ私は人間じゃないってことになるね。それとも奇跡的に世界で一人だけ助かった人間とか?」
「私が今言える範囲で表現するならば、人間であり人間ではないというものになる。今の地球環境で生存できる生物など皆無なのだからな」
「人間であり人間でない、か。まあ、何となくだけど理解できるかな。それで、いつになったらユタは私の本当の名前や存在理由を教えてくれるの? 出会ったときに言ってたけど、それを教えるためにここに居るんでしょ?」
アカネの問い掛けを咀嚼するかのように聞き黙り込んでいたが、しばらくすると真剣な眼差しに向き合う。
「正確に言うと、私は君の失った記憶を取り戻すための補助の役割を与えられている。解答を教えるのではなく解答を導くための道具に過ぎない」
「あくまでも解答を出すのは私自身ってことね?」
「そういうことだ」
「回りくどいこと。確かに私は人間じゃないし、かといってロボットでもない。空も飛べないし走れば息も切れる。我ながら意味不明な生物だなと思う」
「現状その表現が正しいと言える。さて、全ての記憶が戻ったとき、君は何を想うのだろうか」
意味深なセリフを受けアカネはユタを質問攻めにするが、記憶に関する話題は完全にスルーされ追及を諦める。本人曰く、言いたくてもプログラムでブロックされてしまい、アカネから特定の単語やエピソードが発せられた時点でそれにまつわる記憶の補助ができるとのこと。誰によって何故そのような制限をかけられたかのかも聞いてみるも、今は語れないという定型文が返ってくるのみだった。
記憶を甦らせるためにユタが取った次の行動は想像していた通りのものであり、アカネが過去行ったことのある場所の風景を体感するというものであった。最初に向かった先は小高い丘で、聞くところによるとここは元登山道であったと言われたが、樹木どころか草一つも生えておらず何の感慨も沸かない。
「ちょっと思ったんだけど、生物絶滅前の光景を見ないと意味ないと思うんだけど?」
「一理ある。けれどそれはあくまで今の記憶に対する君の受ける感覚にすぎない。君の奥深くにある細胞レベルではなにかしらの作用が起こっていると思う。積み重なって行けば甦る記憶の断片もあるだろう」
「上手く言い包まれてる気がするけど、そういう事にしといてあげるわ。それにしてもホント、何もないね。どこを見ても荒廃した大地に赤黒い空。登山してもきっと楽しくないわね」
「楽しくない、か。君は面白いな」
面白いと評されアカネは首を捻る。
「いや、失敬。君は覚えていないのだろうが、過去登山の意味を初めて問うたとき君は同じように言ったのだ。登山をしてもきっと楽しくないと。そのときは額面通り、登山という行為自体に存在理由を見出せなかったのだが、今の君は最初から登山という行為を肯定的に捉えて発言している。実に面白い」
「肯定的って言われてもね。確かに登山の記憶なんてないけど、悪いイメージでもないからきっと過去に良いことがあったのかも。ユタは登山好きなの?」
「いいや、疲れるから大嫌いだ」
無表情で即否定されるが、その理由が予想外だったこともありアカネは含み笑いをする。
「記憶のあるユタが否定的って可笑しくない? と言うかロボットじゃない?」
「仕方ないだろう? 嫌いなものは嫌いなのだ」
「ちょっとユタに親近感持ったわ。変わったロボットね、あなた」
「君ほど変わった存在もいないがな」
「そうね、変わり者同士仲良くしていきましょう」
丘を歩きながら風景を眺めていると足元にあった瓦礫につまづき両手で地面をつく。転倒方向にサッと移動したユタは無事を確認する。
「大丈夫か?」
「……うん、平気」
「アカネ?」
「……私、空から降りて来た。そして今のように転んで怪我をしたわ。この場所で」
独り言のように呟くアカネをユタは静かに見守る。
「そして、私はここで大切な人と出会ってる。誰かは分からないけど、凄く大事な人。そして、私に名前を与えてくれた。私の名は…………、そう、私の名前は君島弥!」