愛という名の世界
第3話
第3話(side story 2)


「ああ、オマエは学校サボってたから知らねえよな。事故で入院した現国の山田が居たろ? それの臨時教師だよ」
 クラスメイトの郡司智晴(ぐんじともはる)からそう教えられ勇利は納得する。弥の人柄を表すならば天真爛漫で、決してお淑やかではない。生徒とも友達のような感覚で接しており、男女問わず人気もある。
 勇利は人目も気にせず無邪気に振舞う弥を見て溜め息を吐く。自身のタイプと正反対でルックスも中の中。いくら都合のいい女ゾーンと言えど、食指は動かない。獲物を狙う目で弥を品定めしていた勇利だが、メリットがないと判断すると視線を窓の外に向けた――――


――十日後、どしゃぶりの雨が降る日曜日、駅中のカフェで向かい合っているカップルに店内の人々が注目している。
耳を傾けるまでもなく聞こえてくるその内容は修羅場であり、女性の方はかなりキレている。
「アンタ最低よ! 二度と私の前に姿見せないで!」
 興奮しテーブルを両手で叩き立ち上がる藤巻奈々絵(ふじまきななえ)に向けて、男は一言だけ言い返す。
「ここの支払い宜しく」
 伝票を指差す男をキッと睨むと、奈々絵は伝票を鷲掴みにし足早に去って行く。美人で自尊心の強い女性ということもあり、ある程度利用するだけ利用するとすぐに勇利は扱いが面倒になる。そう思ってからは話が早く、いつものように他に好きな女が出来たと切り出し、抵抗するようなら遊びだったと本性をさらけ出す。ほとんどのパターンはこれでケリがつき、今回のケースもあっさり済んだ方だと自画自賛する。満足気に微笑み悠然とテーブルのカップに手を伸ばすとコーヒーに口をつける。その瞬間、
「ありゃ~、これは大変なシーンに出くわしたわね!」
 真横から一際大きな声で話しかけられ、驚きのあまりコーヒーを噴出しそうになる。
「き、君島先生?」
「やあやあ色男君。ワタクシ、家政婦は見てしまいました状態ですよ」
 そういうと弥は何の断りもなく正面の席に座る。
「な、なんの用ですか?」
「いや~、可愛い教え子がフラレた現場に居合わせたのも何かの縁。愚痴くらい私が聞くよ?」
 勘違いしつつ馴れ馴れしくあり、その笑顔に半ば呆然としてしまう。勝手にコーヒーを注文するとドンと向き合い、居座る気まんまんの雰囲気を醸し出している。
「そんで、フラれた原因はなに?」
 ニコニコしながら聞いてくる弥を見て溜め息交じりで切り出す。
「フラれてないですし、僕は大丈夫ですよ」
「またまた~、私に気を遣う必要なんてないのよ? こう見えても教師ですからね? 相談事には何でも乗るわよ」
「どうもこうも教師だって知ってますよ……」
 タイプでないということ以外に、相性も合わないと判断している勇利にとって弥は苦手な相手と言えた。依然として楽しそうに見つめる弥に対して、勇利は意地悪の虫が湧いてくる。
「じゃあ、お言葉に甘えて愚痴っていいですか?」
「もちろん! どうぞ」
「実は、彼女から貰った大切なペンダントを学校のどこかで落としたみたいなんです。それが原因で喧嘩になって。無くした僕が悪いんですけど、本当ならペンダント見つけてヨリを戻したいって思うのが本音なんですよね」
 深刻そうな顔で勇利は嘘の話をでっちあげる。弥の性格だときっと学校に探しに行く。この場を切り抜けかつ雨の中無駄な労力をさせる、という悪魔の考えが即座に浮かぶ。内心で謀りながら相手を見るが、弥は真剣な顔をしている。
「あのペンダントは想い出の品で、月と太陽のデザインが仲の良いカップルを表しているんです。結構高くて一生懸命バイト代貯めて買ったって言ってたから彼女の怒りも当然ですよ」
「どこで落としたか見当はついてるの?」
「記憶薄ですけど友人とじゃれてる時に学校の中庭で落としたのかもしれません。あ、でもいいですよ。僕、もう諦めてるんで」
 勇利の悲しげな顔を見た瞬間、弥は真剣な表情のまま座席を立つ。
「私、探してくる。空条君の真剣な恋をこんな形で終わらせるなんて勿体無い!」
 そう言い放つと、注文したコーヒーを一口も飲むことなく颯爽と駆けて行く。予想通りの行動とは言え、あまりの行動力に勇利は呆然とする。そして、目の前にある弥のコーヒー代を自分が支払わなければならないことに気がつき、がっくりと肩を落とした。
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