愛という名の世界
第34話
第34話(side story 28)
葬儀から納骨まで全てを終え自宅に戻った勇利は魂が抜けたようにソファにうなだれる。自分のみならず弥の恩人でもある純子に対して、何の恩返しも出来ず見送ることになった事実に無力感を覚えていた。翔の話だと勇利のホスト時代から既に体調は思わしくなく、勇利を試した寿命のお題も純子自身重ねている部分があったのだろうと聞く。
葬儀の場で初めて分かったことだが、純子は大臣まで務めた元国会議員の妻で、権力の正体を最後の最後で知ることになった。何も出来なかった自分自身が歯がゆく情けなく、思い返すだけで頬に涙が伝う。隣に座り静かに見守っていた弥もその涙を見て同じく涙する。
「僕は最後まで純子さんになにも出来なかった。悔しい……」
「勇利さん……、それは私も同じ。せっかく出会ってお世話になったのに恩返しするには時間が短すぎた。早すぎるよ……」
声を殺して涙を流す勇利を弥は優しく抱きしめる。
「勇利さん、もう純子さんの声を聞くことはできないけれど、恩返しができないわけではないわ。誓った夢を叶えて墓前に報告する。それはこれからもできることだと思う。勇利さんが今すべきこと、できることは教員採用試験に合格すること。恩返しには、まだ遅くないわ」
弥の意見に頷くものの、涙声で勇利は本音を吐露する。
「分かってる、それしかないのは分かってる。でも、本当は生きてるうちに、笑顔が見れるうちに報告して恩返ししたかった、褒めてほしかった。純子さんは実の母親以上に母親みたいな存在だったから……」
そう言って涙にくれる勇利を弥ずっと抱きしめ傍に寄り添っていた。
十月、教員採用試験合格の報告を一早く弥に伝えるべく早歩きでいつもの歩道を歩く。郵送での通知やホームページでの確認よりも一番早く確実な都庁での確認を選んだ勇利は、自身の受験番号を見つけるとその足はすぐに駆けだしていた。
周りの歩行者を縫うように追い抜きながら、気持ちは弥への報告に満ち溢れている。普段はそんなに早く歩くこともなく割とのんびりしている勇利だが今回ばかりはそうはいかない。長年の夢であり誓いでもあった試験合格は悲願であり生きる目標でもあった。携帯電話で報告することもできたが、こればっかりは弥本人の前で報告してこそ意味があると思う。
弥から数日前になされた嬉しい報告もあって、今度は自分が弥を喜ばす番だと決めていた。春からは念願だった教師として、そして夏には一家の大黒柱として新たな一歩を踏み出す。クリスマスには少し早いが合格とプロポーズというプレゼントで弥を驚かそうとほくそ笑む。
ポケットに忍ばせている婚約指輪を確認し弥の喜ぶ顔を想像しながら歩いていると、視線の先に怪しい動きをする車が目につく。その居眠りしている運転手の姿を確認し、歩道の先を歩く少女を見た瞬間、勇利の身体は勝手に動いていた――――
――小さな遺影を抱えながら弥はテレビ画面に映る海外の暴動した人々の様子を見つめる。マンションの外でもサイレンの音がけたたましく鳴っており、規模は違えど世界の終わりに対して皆混乱している様子が窺える。
昨日発表された地球崩壊へのカウントダウンを弥は何の感情もなく聞いた。勇利の事故死はそれを遥かに上回る出来事であり、地球の崩壊は今の弥にとって願ったり叶ったりである。君島夫妻から最後は一緒にと言われたが、弥は二人で過ごしたこのマンションの一室で最期を迎えたいと断った。
「勇利さんの居ない世界なんて、地球崩壊と同じこと。早く私も勇利さんのところに逝きたい……」
ソファに横たわり遺影を抱きしめながら弥は目を閉じる。勇利の事故死からたった二カ月で迎えた地球の終焉。それは弥が望んだ結末であり、同時に『それ』が出した結論でもあった。
葬儀から納骨まで全てを終え自宅に戻った勇利は魂が抜けたようにソファにうなだれる。自分のみならず弥の恩人でもある純子に対して、何の恩返しも出来ず見送ることになった事実に無力感を覚えていた。翔の話だと勇利のホスト時代から既に体調は思わしくなく、勇利を試した寿命のお題も純子自身重ねている部分があったのだろうと聞く。
葬儀の場で初めて分かったことだが、純子は大臣まで務めた元国会議員の妻で、権力の正体を最後の最後で知ることになった。何も出来なかった自分自身が歯がゆく情けなく、思い返すだけで頬に涙が伝う。隣に座り静かに見守っていた弥もその涙を見て同じく涙する。
「僕は最後まで純子さんになにも出来なかった。悔しい……」
「勇利さん……、それは私も同じ。せっかく出会ってお世話になったのに恩返しするには時間が短すぎた。早すぎるよ……」
声を殺して涙を流す勇利を弥は優しく抱きしめる。
「勇利さん、もう純子さんの声を聞くことはできないけれど、恩返しができないわけではないわ。誓った夢を叶えて墓前に報告する。それはこれからもできることだと思う。勇利さんが今すべきこと、できることは教員採用試験に合格すること。恩返しには、まだ遅くないわ」
弥の意見に頷くものの、涙声で勇利は本音を吐露する。
「分かってる、それしかないのは分かってる。でも、本当は生きてるうちに、笑顔が見れるうちに報告して恩返ししたかった、褒めてほしかった。純子さんは実の母親以上に母親みたいな存在だったから……」
そう言って涙にくれる勇利を弥ずっと抱きしめ傍に寄り添っていた。
十月、教員採用試験合格の報告を一早く弥に伝えるべく早歩きでいつもの歩道を歩く。郵送での通知やホームページでの確認よりも一番早く確実な都庁での確認を選んだ勇利は、自身の受験番号を見つけるとその足はすぐに駆けだしていた。
周りの歩行者を縫うように追い抜きながら、気持ちは弥への報告に満ち溢れている。普段はそんなに早く歩くこともなく割とのんびりしている勇利だが今回ばかりはそうはいかない。長年の夢であり誓いでもあった試験合格は悲願であり生きる目標でもあった。携帯電話で報告することもできたが、こればっかりは弥本人の前で報告してこそ意味があると思う。
弥から数日前になされた嬉しい報告もあって、今度は自分が弥を喜ばす番だと決めていた。春からは念願だった教師として、そして夏には一家の大黒柱として新たな一歩を踏み出す。クリスマスには少し早いが合格とプロポーズというプレゼントで弥を驚かそうとほくそ笑む。
ポケットに忍ばせている婚約指輪を確認し弥の喜ぶ顔を想像しながら歩いていると、視線の先に怪しい動きをする車が目につく。その居眠りしている運転手の姿を確認し、歩道の先を歩く少女を見た瞬間、勇利の身体は勝手に動いていた――――
――小さな遺影を抱えながら弥はテレビ画面に映る海外の暴動した人々の様子を見つめる。マンションの外でもサイレンの音がけたたましく鳴っており、規模は違えど世界の終わりに対して皆混乱している様子が窺える。
昨日発表された地球崩壊へのカウントダウンを弥は何の感情もなく聞いた。勇利の事故死はそれを遥かに上回る出来事であり、地球の崩壊は今の弥にとって願ったり叶ったりである。君島夫妻から最後は一緒にと言われたが、弥は二人で過ごしたこのマンションの一室で最期を迎えたいと断った。
「勇利さんの居ない世界なんて、地球崩壊と同じこと。早く私も勇利さんのところに逝きたい……」
ソファに横たわり遺影を抱きしめながら弥は目を閉じる。勇利の事故死からたった二カ月で迎えた地球の終焉。それは弥が望んだ結末であり、同時に『それ』が出した結論でもあった。