おててがくりーむぱん2


「はい、あのっ」
光恵は身を乗り出した。


「確かに文章を書く仕事をしていましたが、ここ一年は講師の仕事をフルでしています」
「ミツ……なんで劇団やめちゃったんだよ」
孝志が口を尖らせる。


「あのっ、なんていうか、文章を書くことをあきらめた訳じゃないんですけど、講師の仕事は安定しているので、その方がいいんじゃないかと、自分で考えまして」
光恵はそう言いながら、なんともむなしい気持ちに襲われた。


わたしは結局あきらめたんだ。
自分の年齢と、現実に、負けてしまった。


母親は考えるような顔をして「事務所がよく許したわね」と腕を組んだ。


「許してない」
孝志がぼそっと答える。


母親は黙り込んだ。孝志と光恵を交互に見つめる


ああ、この沈黙が怖い。
助けて、神様。


「孝志、光恵さんと結婚するなら、仕事を変えなさい。実家に戻って、中華料理屋を継ぐの。結婚したからって、収入がなくなることはないわ」


母親は一息つくと、孝志を厳しい目でみつめる。


「でももし、俳優の仕事を続けるつもりなら、お世話になっている事務所さんの言うことをききなさい。結婚したら仕事がなくなるって、事務所さんはそう判断している。それは間違いないと思うわ。加えて光恵さんのご家族にも、大変な迷惑をかけてしまう。一人前の男として、そんなことしちゃ駄目」


母親が光恵の顔を見つめる。


「光恵さん、意地悪をしたいわけじゃないのよ。わかってるわよね」
母親が穏やかに話しかける。


光恵は頷くしかない。


「結婚って、生きていくってことなの。好き好きだけじゃあ、必ず限界がくる。二人とも覚悟が足りないと思うわ」


母親は孝志に向き合った。「あんた、よく考えなさい。わかったわね」


孝志は少しふてくされた様子だったが、しぶしぶうんと頷いた。

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