木曜日の貴公子と幸せなウソ
どうして今になって……。
しかも、彼には子どもがいる。
チクチクと何本も針が刺さるように、心臓が痛み出す。
「……っ」
やっと忘れられたのに……。
痛む胸をおさえて、壁に寄りかかる。
『フッた過去の男の事は覚えてないか』
彼はさっき、そう言った。
それは違う。
フラれたのは私の方だ。
しかも、最悪な形で。
残酷な事を言うのは、私でなく彼の方だ……。
窓の外を見ると、彼がエミちゃんと手をつないで帰っていく姿が目に入った。
エミちゃんはスキップをしている。
若いお父さんと子ども……。
微笑ましい光景には代わりない。
「萌先生ー。どうかした?もしかして黄緑の色画用紙、在庫切らしてる?」
下から夏江の声がして、ハッと我に返る。