木曜日の貴公子と幸せなウソ
交通量の少ない住宅街に面した通り。
エンジンを切ったら、すごく静かになった。
「気が変わった。ここで二者面談」
「……パスケースはどうするんですか?」
「ここにあるよ」
そう言って、先輩はスーツの内ポケットからパスケースを取り出した。
暗くて色がわからず、怪訝そうな顔をすると、先輩はルームランプをつける。
少しだけ明るくなり、先輩が手にしていたパスケースがよく見えた。
確かにピンクのもので、入っている定期券は私の物だった。
「……家にあるんじゃなかったんですか?」
「んなもん、萌を家に連れて行く口実に決まってんだろ」
不機嫌そうに答えると、先輩は再びルームランプを消す。
「……じゃあ、面談終わったら返してもらえるんですね?」
「答えの内容にもよるけどね」
ハハッと乾いた声で笑うと、先輩はパスケースを再び内ポケットにしまった。