木曜日の貴公子と幸せなウソ


「先輩、あの……」

「……名前」


耳の後ろに手をかけたかと思えば、唇に柔らかい感触。

それは拒否できないほど温かくて、優しいモノ。

震える手で先輩の胸元を押して、引き離そうと試みるけれど、力が入らなかった。


制御がきかなくなる……。


先週、キスをされた時に、私自身が思った事だ。

この人には帰るべき場所があるというのに、止められなくなる。


「萌、好きだよ……」


唇が離れると、先輩は低い声でそう囁いた。

その言葉に、私は先輩のYシャツをギュッとつかんだ。


「何で……っ!私は、邦章の事、必死で忘れようって……」


涙がポロッと零れ落ちる。

一度落ちたら、もう止まらない。

涙を隠そうと顔をそむけようにも、先輩に頭をグッと抑えられていて隠せない。


「忘れんな……」


そう呟くように言うと、再び私の口をキスで塞いだ。


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