木曜日の貴公子と幸せなウソ
電子音は、目の前から聞こえてくる。
私のスマホじゃなく、先輩のスマホの音。
「……出ないんですか?」
すぐに出ようとしない先輩に聞くと、彼はゆっくりと私から離れて、ズボンのポケットからスマホを出した。
何気なく見ていただけで、覗くつもりはなかった。
だけど、見えてしまったスマホの画面。
……家からの着信だった。
ドクンと心臓が大きく揺れる。
私、この雰囲気に身をゆだねようとしていた。
自分が幼稚園教諭だという事を忘れていた。
昔の恋を再燃させて、園児を傷つけるところだったんだ……。
「もしもし?……ああ、もうすぐ家。え?エミが熱出した?」
先輩の声にドキッとする。
エミちゃんが熱を出してしまっただなんて。
時間はもう7時半をまわっている。
かかりつけの小児科はすでに閉まっているだろう。