木曜日の貴公子と幸せなウソ
「……わかった。すぐに行く」
先輩はそう言って電話を切ると、スマホを脇のボックスに置く。
「萌、ごめん。エミが熱を出して、救急外来に連れていく事になった」
「……早く行ってあげてください」
私は乱れた服をととのえて、車のドアを開ける。
「悪い、続きはまた後日。これパスケース」
「……」
降りようとしたら、先輩がパスケースを差し出した。
受け取ってから、私は思い出したように一万円札をペンケースの中から出す。
「握りしめてグシャグシャになりました。すみません」
「いや、別にいい。……本当に悪い、また連絡するから」
「いえ、連絡不要です。私は不倫をするつもり、ありません」
想いは止められないと思った。
でも、状況は何も変わらないし、私は先輩にとっての1番大事な人になる事はない。