木曜日の貴公子と幸せなウソ
助手席って……。
ここは奥さんの特等席では?
戸惑っていると、先輩が助手席のドアを開けて、私を押し込んだ。
「ちょ、先輩……!」
「いいから、黙って乗る!黙らないならキスしてその口塞ごうか?」
「……乗ります」
助手席に座ると、先輩はドアを閉めて運転席の方にまわってきた。
車の中は、全く家庭のにおいがしない。
子どもがいるのなら、チャイルドシートがあってもいいのに、見当たらない。
ぬいぐるみが転がっていてもいいのに、それもない。
……それとも、これは仕事専用の車であって、ファミリー用は別にある?
「んじゃ、行こうか。嫌いなモノってあったっけ?」
「いえ、特にないです……」
「イタリアンでいいね?嫌いじゃないでしょ?」
「……はい」
カバンを抱えて力なく答える。
先輩はシートベルトをしめて、ゆっくりと車を発進させた。