木曜日の貴公子と幸せなウソ
唇が離れると、先輩は運転席に腰をおろしてシートベルトをしめた。
「……怒らないの?」
「……え?」
「怒るかと思った」
先輩はそう言うと、エンジンをかけた。
……どうして怒らなかったんだろう。
絶対にしてはいけない事なのに。
もしかして、心のどこかで先輩とキスしたいって望んでいた?
……そんな、バカな。
いやいや、ダメだ。
余計な事を考えてはいけない。
この人は既婚者。
私は不倫をするつもりは毛頭ない。
「……犬に噛まれた事だと思って忘れます」
「ハハハ。犬かよ」
私の言葉に乾いた笑い声の先輩。
「……ダメです。裏切りは」
「ん?」
「エミちゃんも奥さんも……。家族を裏切ってはダメです」
7年前、あなたが私を裏切ったように、家族にそんな悲しい思いをさせないで。