木曜日の貴公子と幸せなウソ


月曜日みたく、仕事終わりに待ち伏せされるような事はなかった。

パスケースが車にあったなら、待ち伏せされて渡されるかなと微かな期待もあったんだけど。

家族との時間を大事にって念を押した効果かもしれない。

それが正しい。

私の気持ちも、キスのせいで一時的に戸惑っているだけ……。

きっとすぐに消えてくれる。



「萌、疲れてる?」

「……え?」


作業をしていたはずの手が止まっている。

隣にいた夏江が心配そうな表情で、私の顔を覗きこむような仕草をしていた。


「あ、いや、ごめん……」

「ここ最近、ずっと変だよ?心ここにあらずって感じで」

「……ごめん」


心ここにあらず……か。

じゃあ、私の心はどこに行ってしまっているのだろう?

……その行き先は考えないほうがいい。



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