ストリート


「素敵な歌ですね。」


 駅前の並木通りには、夕方を過ぎるとたくさんのストリートミュージシャンが奏でる音楽が溢れ出す。

 見慣れた光景だ。

 いつもならよくよく耳を傾けることもせず、ただ日常の一環として通り過ぎるだけの風景に過ぎない。

 いつもなら。

 なんとなく、本当になんとなく、今日はたまたま耳に届いた歌声に、栞は珍しくストリートミュージシャンの前で足を止めていた。


「ありがとうございます。今日がはじめて、ですよね?」


 栞のストレートな感想に、にこやかに返してくれたのは“RYOTA”と手製の看板を立てた男性シンガーだった。

 アコースティックギター1本で歌う声はのびやかに甘く、歳は栞とさほど変わらない、高く見積もってもせいぜい20代半ばといったところだろうか。


「ストリートで立ち止まって聞くのも初めてです。」

「そっか、じゃあ、初めてのストリートライブへようこそ!」


 そう言って嬉しそうに笑う“RYOTA”の姿に、栞も自然に笑みを浮かべていた。


「よかった。まだ笑う元気は残ってるみたいですね。」

「……え?」

「随分と落ち込んでたみたいだから。」


 落ち込んでいた、そう言われて栞は驚いた。

 たしかにいろいろあって落ち込んではいたが、初対面の人間に指摘されるほど顔に出ていただろうか。


「えーっと、ここで演奏してるとね、いろんな人に出会えるんです。すごく楽しそうに通り過ぎていく親子を見てるとね、今日はあの子の誕生日なのかなーなんて思ったり。どんよりした顔でとぼとぼ歩くスーツの人を見たら、会社で怒られたのかなーとか。」


 立ち止まっていく人だけではない。

 この駅前に溢れている音楽に耳を傾ける余裕のない人、この音楽をBGMに気分を盛り上げている人、色々な人がこの道を歩いていくのだ。

 そんな人たちを見ながら、彼はここで歌い続けているのだという。


「さて、それじゃあ今日はリクエストにお応えしますよ。」

「いいんですか?」

「もちろん!そうですね、ストリートデビュー記念にどうぞ。」

「……じゃあ、元気になれる曲、お願いします。」

「はい、リクエスト承りました。」


 きらきらした笑顔で、ギターをかき鳴らしながら響く歌声。

 オリジナル曲なのだろうか、初めて聴くメロディーだった。

 それでも、軽快に刻まれるリズムと、韻の良い歌詞に、栞はいつの間にか自身も小さく体を揺らしていたのだった。

< 2 / 4 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop