ストリート
「素敵な歌ですね。」
駅前の並木通りには、夕方を過ぎるとたくさんのストリートミュージシャンが奏でる音楽が溢れ出す。
見慣れた光景だ。
いつもならよくよく耳を傾けることもせず、ただ日常の一環として通り過ぎるだけの風景に過ぎない。
いつもなら。
なんとなく、本当になんとなく、今日はたまたま耳に届いた歌声に、栞は珍しくストリートミュージシャンの前で足を止めていた。
「ありがとうございます。今日がはじめて、ですよね?」
栞のストレートな感想に、にこやかに返してくれたのは“RYOTA”と手製の看板を立てた男性シンガーだった。
アコースティックギター1本で歌う声はのびやかに甘く、歳は栞とさほど変わらない、高く見積もってもせいぜい20代半ばといったところだろうか。
「ストリートで立ち止まって聞くのも初めてです。」
「そっか、じゃあ、初めてのストリートライブへようこそ!」
そう言って嬉しそうに笑う“RYOTA”の姿に、栞も自然に笑みを浮かべていた。
「よかった。まだ笑う元気は残ってるみたいですね。」
「……え?」
「随分と落ち込んでたみたいだから。」
落ち込んでいた、そう言われて栞は驚いた。
たしかにいろいろあって落ち込んではいたが、初対面の人間に指摘されるほど顔に出ていただろうか。
「えーっと、ここで演奏してるとね、いろんな人に出会えるんです。すごく楽しそうに通り過ぎていく親子を見てるとね、今日はあの子の誕生日なのかなーなんて思ったり。どんよりした顔でとぼとぼ歩くスーツの人を見たら、会社で怒られたのかなーとか。」
立ち止まっていく人だけではない。
この駅前に溢れている音楽に耳を傾ける余裕のない人、この音楽をBGMに気分を盛り上げている人、色々な人がこの道を歩いていくのだ。
そんな人たちを見ながら、彼はここで歌い続けているのだという。
「さて、それじゃあ今日はリクエストにお応えしますよ。」
「いいんですか?」
「もちろん!そうですね、ストリートデビュー記念にどうぞ。」
「……じゃあ、元気になれる曲、お願いします。」
「はい、リクエスト承りました。」
きらきらした笑顔で、ギターをかき鳴らしながら響く歌声。
オリジナル曲なのだろうか、初めて聴くメロディーだった。
それでも、軽快に刻まれるリズムと、韻の良い歌詞に、栞はいつの間にか自身も小さく体を揺らしていたのだった。