アルマクと幻夜の月
静寂がざわめいた。
息を呑んで見守る民衆の真ん中で、その、あまりに神々しい男は膝を折る。
細く、か弱く、王女という飾りの身分以外に何も持たぬ少女に向かって。
「命じろ。汝の望みは何だ」
低い声はアスラの鼓膜を心地よく揺らした。
イフリートを見下ろし、アスラは告げる。
「あたしを連れて行け。――外の、世界へ」
それが始まりの音だった。
「よかろう」と、声がした時には、その人影はもうそこになく。
代わりに、漆黒の馬がいた。
アスラはその馬に、王女と思えぬ身のこなしでひらりと跨る。
最後に振り返って、
「今までありがとうな、ルト」
と言ったその声を合図に、馬は地面を蹴って空高く舞い上がった。