アルマクと幻夜の月
そっと尋ねる声を、アスラはすこし意外に思った。
私の美しいたてがみを濡らすな、ぐらいのことは言いそうなものなのに。
イフリートの声で想像して、アスラは小さく吹き出す。
そうするとすこし、気が軽くなった。
すこし考えて、アスラは答えた。
「東へ。嵐の街・マタルへ行く」
マタルは王都の東隣にある街だ。
貴族が多く住むが、一方で貧富の差が激しく、スラムも多い。
ゆえに治安は悪いと聞く。
スラムなど、王宮の中で育ったアスラは見たこともない。
だが、それはこの国の真実の姿だ。だからこそ、一度見ておきたかった。
旅立つ二人を見守るのは幻夜の月の光だけ。
行こう。小さく呟いて、アスラはそっと、たった一人の臣下の背を撫でた。
〜第一夜 fin〜