アルマクと幻夜の月
静かだった。
目を閉じると聞こえる、ゆるやかな風の音、かすかな鳥の声、虫のささやき。
ときおり外を通る人の足音。
王宮を出て二度目の夜だ。
王宮では姫にしてはかなり質素な暮らしをしていたが、昨日の野宿や今日の安宿と比べて、王宮の寝台ははるかに柔らかく暖かかったと、王宮を出た今になって、思う。
そんなことを考えていると、キイ、と軋む音がして、部屋の戸が開いた。
賊か、と、アスラは枕元のジャンビーヤをつかんで飛び起きた。
「……なんだ、おまえか」
入ってきた人物を見て、アスラはジャンビーヤを構えかけた右手を下ろす。
なんだとはなんだ、と、イフリートは低い声で言った。
「賊かと思った。どこ行ってたんだ?」
「厠に」
「嘘つけ。魔人は眠らない、食わない、飲まない、厠にも行かない。そろそろわかってきたぞ、あたしにも」
呆れ顔で言ったアスラに、イフリートは薄く笑った。