アルマクと幻夜の月
「いつも無駄にある元気がない」
「一言多いぞ」
イフリートの頭を軽く指ではじいて、アスラは薄く笑った。
「べつに、どうもしてない。ただ、すこし後悔している」
「なにを」
「マタルの町がこれほど荒れているのを見て、民の厳しい生活を知って、王宮にいた頃になにもしようとしなかったことを、後悔している。……あたしは、恵まれていたんだな」
王女として国のために働いたことなどほとんどなかった。
遠ざけられ、疎まれ、王女として扱われなくても、それでも王女なのに。
疎まれていたことに拗ねて背を向けていた。
王宮の中で、自分と母の境遇を嘆き、王宮の外で明日にも飢えて死ぬかもしれない人々がいることを知りもせず。
「間抜けもいいところだ」
深い夜闇の中、水面に落ちたしずくのように、その言葉は静かに響いた。
「ならば、これから知っていけ」
しばらく黙っていたイフリートは、ぽつりとそう言うと、唐突に向きを変えて飛ぶ速度を上げた。