アルマクと幻夜の月
「わかってるさ。ここに長くいれば、遠からず追手に捕まる。王都のすぐ隣だからね」
「だったらなぜ……」
言いかけたイフリートは、しかし物音を聞いて言葉を切った。
二人はそろって領主の館の方を見る。
真っ黒なマントをすっぽりと被った女が一人、領主の館から出てきたのだ。
女は門番に会釈をし、大通りを足早に歩いていく。
うつむきがちなその背中を見ながら、アスラは「イフリート」と呼びかけた。
「心配しなくても、マタルにはそう長く留まらない。マタルを去るとき、〈イウサール〉の者たちを連れて行ったりもしない。頭領になった理由は……」
アスラはそこで言葉を切って立ち上がった。
女が角を曲がろうとしていた。
「……じきにわかるよ」
そう言って、アスラは走り出す。
イフリートはカラスになって女を追いはじめた。
狭い通りを大きく迂回しながら、空に見えるイフリートを追って、女の向かうあたりを目指す。
やがて息を切らして角を曲がったところで、ちょうど女の前に出た。