アルマクと幻夜の月
また歯の浮くようなことを言って、と一度眉をひそめてから、一拍遅れてアスラは気づいた。
――今、アスラ姫、と呼ばなかったか。
おそるおそる後ろを振り返って見ると、先ほどまで談笑していた酒場の男たちがピタリと話を止め、皆一様に呆然とアスラを見つめている。
とりあえず、何か言い訳をしなくては。
アスラなんて名前自体はたいして珍しくもないから、名前がアスラで、アスラ姫と同じだから、この男はいつも茶化して「アスラ姫」と呼ぶのだ、ということにしていいだろう。
うん。なにも不自然じゃない。
――でも、その前に。
「歯ぁ食いしばりな、金髪」
アスラの低い声に、キアンが「え?」と聞き返した次の瞬間。
ドガッ! と、鈍い音がして、キアンが後ろに倒れていく。
やはりキアンの後ろにいた付き人のリッカは、どこか眠そうな顔に似合わず素早くそれを避けていた。
観衆はもはや、目の前の娘が「アスラ姫」と呼ばれた事よりも、その娘が出会い頭に男を殴り倒した光景に唖然としていた。
しん、と静まり返った店内に、怒号が一つ、稲妻のように落ちた。
「――この馬鹿野郎ッ!」