アルマクと幻夜の月
「この不肖の王子の数々の非礼、わたくしが代わってお詫びいたします。
なれどアスラ姫様には、わたくしどもの望みを叶えるため、お力をお貸し願いたいのです。
婚約話はさておき、どうか王子と共に、一度ベネトナシュに来ていただけないでしょうか」
「却下。それから、姫と呼ぶな」
うやうやしく頭を下げるリッカに、しかしアスラの返事はにべもない。
けれどもリッカもめげなかった。
「姫、と呼ばれたくないのは、素性が知れては困るからでございましょう?
ひいては、姫を捜索している王宮の兵に居所が知れては困るから。
ベネトナシュに来て下されば、貴国の兵が捜索に来ることは絶対にありえませんよ」
「あたしにはどんな大軍からも逃げおおせる足がある。それがある限り隠れ家は必要ない」
暗に自分のことを言われたとわかって、黙って窓辺に立っていたイフリートがちらりと顔を上げた。
イフリートの視線と、アスラの視線に挟まれて、交渉をリッカに任せていたキアンは小さなため息を吐いた。