アルマクと幻夜の月
「なぜ母上が?」
「昨晩スルターナ様が体調を崩されたのです。
それで、ナズリ様に代役をお願いするよう、スルターナ様が直々にご指名なさって……姫様、どうかされましたか?」
アスラの真っ青な顔に気づいて、宮女は気遣わしげな声をかける。
だがアスラはそれには答えず、「すぐ戻る」と一言だけ言うと部屋を飛び出した。
「姫様……!?」
「着替えは戻ってからするから!」
沓(くつ)が脱げるのも構わず、アスラは走る。
その足元を黒い影がよぎった。視線を落とすと、黒い鼠に姿を変えたイフリートだ。
「スルターナの狙いは……」
「ああ、――母上だ」
イフリートの言葉を遮ってそう言い、アスラは奥歯をきつく噛み締めた。
「早く――母上にこのことを知らせないと!」