僕を止めてください 【小説】
「あ…の…」
「どしたの?」
「開始予定…まだ1時間先です…」
「いやさ、急に俺の予定が空いちゃって、こっち来た。菅平さんが岡本君解剖室だって教えてくれたから。ちょっと状況話しとこうかって」
ツカツカとにこやかに近づいてくる幸村さんを押しとどめようもないまま、1mの距離まですぐに詰められていた。僕は膝立ちのまま股間の勃起をさとられないように反射的に腰を引いた。冷蔵庫の取っ手から手を離すのも忘れて、この状況をどうしようかと、中味が白い頭を回転させようとした。
「なにしてるの?」
「…え?」
「なにしてるんですか?」
「…いえ…べつに」
なんと言っていいのかわからないまま、全然“べつに”ではない格好で僕は答えた。ニヤッと嫌な笑い方をして幸村さんが僕を指さしながら言い放った。
「あやしいな!」
こんなに突っ込まれたくない事態なのに、ツッコミに来る人がいるとは僕自身驚いていた。
「いえ、特には」
「俺の刑事の勘がそう言ってる」
「犯罪とは関係ないです」
「犯罪じゃないアヤシさ?」
「刑事の勘とは関係ないってことを言いたかっただけで…」
「この時間に床に座ってる時点で」
まぁ、そうだろう。僕もそう思う。
「冷蔵庫の下に…落とし物があるかもって…探してて」
言い淀んだ末に、そんな言い訳を考えついた。
「なにか探し物?」
「ああ…ええ…携帯用のミントのスティックを探してるんですが。白衣のポケットにいつも入れてるのがなくなっちゃって」
「ああ、そうなんだ。なんで最初からそう言わないの?」
来た。このしつこさが彼を警部補に押し上げた原動力なのだ。
「自分で探しても見つからない時は、誰かに探させるといいんだ」
幸村さんはそう言うとやおらしゃがみこんで、床に膝立ちになって腰を引いている僕の白衣のポケットにいきなり両手を入れた。やめてくれと言う間もなく、その手がポケットの中で止まった。僕の顔からスーッと血の気が引いた。
当たったのだ。両手がソレに。
一瞬の沈黙の後、僕と幸村さんはなぜか見つめ合っていた。なぜ見つめ合っているのかの意味が僕にはわかりかねた。