僕を止めてください 【小説】
パソコンに向かいWORDを立ち上げる。鑑定書のフォーマットを出す…これは僕が作ったものだ。僕が岡本文書館と言われた所以は、鑑定書のページの多さにも起因する。普通うちの法医学教室は鑑定書は10枚前後、前の職場は平均15枚程度だった。菅平さんの記入した記録を元に、鑑定書を作成していく。僕は結局20枚前後になる。
大体、司法解剖になり、事件性が認められた場合、検察側からは「起訴前までに欲しい」とか「公判前整理手続までに作成希望」など言われることが多い。この量を2、3週間で書き終わるには、早め早めに手を付けないと間に合わない。写真のプリントアウトは明日に。デジカメをつないでデータを落とすのは明日菅平さんに任せようと思った。
身体の熱はまだ残っている。それが鬱陶しい。夕方になり、パートの菅平さんと事務方の田中さんはすでに帰宅した。この時間から独りで回りを気にせず仕事が出来る事が、人材の少ないここの良いところだ。教授は教授室で仕事する。それに今日は教授もいない。僕はキリのいいところまで記録を整理し、一息入れようとスタッフルームの入り口にある来客用のソファに倒れこんだ。
アレは何だったんだろうか…
横向きに倒れこんでしばらくして、僕は昼間の幸村さんの斜め上の発言を思い出していた。ああっと、それから失くしたスティックは一体どこにあるんだろう? オイルよりも結晶の方が使い勝手が良くて便利なのだが。それと今回の僕の狼狽え様は反省と分析に値する。ちょっとでも気を抜くとああなる自分にかなり失望していた僕は、ため息をつきながら仰向けに身体を返した。見上げると窓から月が見える。もう7時を回った。もう少ししたら僕も帰ろう…
コンコン。
不意にノックの音がした。こんな時間に誰だろう。忘れ物だろうか? 田中さんか菅平さんか。
「はい」
僕はソファに起き上がった。ガチャっとドアノブが回り、のぞかせた顔を見て僕は呆気にとられた。
「よお。昼の決着つけようぜ、岡本君」
「は…?」
「なんだったんだよ、あれは?」
この件が終わっていなかったことを僕はその時初めて知った。