僕を止めてください 【小説】
寺岡さんに分析してもらった例の対策…ハッカと保冷剤…以外に、発作を緩和する比較的有効なアイテムを僕は自分でひとつだけ大学時代に発見した。
牛乳である。
食べるもの飲むものに全く興味はないのは変わらないが、牛乳は手っ取り早く栄養と水分を同時に補給できるので、例の栄養士さんから言われた以降、便利なものとしてよく買っていた。法医学講座が大学の三年生で始まり、あるとき自殺の鑑別の特別講義があり、しばらく苦痛の多い日々が続いた。食欲はなく、大学の寮で独り、発作の性衝動の中で希死願望と戦っていた時に、なんでもいいから気を紛らわせようとたまたま飲んだ冷たい牛乳が意外な効果を示した。牛乳を飲んでから自慰をすると、出した後急激に眠くなってくるのだ。一旦寝てしまうと、性欲と希死願望の嵐はほとんど去る。だが、牛乳を飲んだ時と飲まなかった時では、睡眠に要する時間が思ったより違うことが何度か試してみてわかった。
牛乳に含まれるトリプトファンがセロトニンに変化し、精神安定効果を出すと言われている。セロトニンは更にドーパミンによる過度の衝動的な欲求を抑制し、性欲も抑制するらしい。セロトニンが分解されるとメラトニンというホルモンになり、これは睡眠の導入を促すと言われる。その働きは、体温の低下、副交感神経の優位、脈拍の低下である。男性の性衝動は交感神経優位で発現するので、発作は交感神経の過度の興奮であると考えられる。では、メラトニンを直接摂ればいいかというとそうでもなく、サプリメントで購入してみたメラトニンはほとんど変化がなかった。
牛乳は冷蔵庫で冷えている方が発作に対する効果が高い。テーブルの上に置いたぬるい牛乳は効果は半減したのが不思議だった。
もうひとつ不思議なのは、発作以外の時に飲む牛乳には感じない、なにか言い知れぬ“飢えが満たされる感覚”というのを発作時の牛乳にはいつも感じる。男の脳は摂食中枢が性中枢と接近しているため、満腹時には性欲は抑制されるらしいが、だからといって、これがオレンジジュースではダメだったし、豆乳でも飲むヨーグルトでもその感覚はおきてこなかった。